本最終年度では、高変換効率ラマンシフターの開発とπ電子系有機分子や核酸塩基の有機ナノ集合体の電子構造を負イオン光電子分光法によってサイズ選択的に調査した。さらに量子化学計算によって電子局在性や集合構造についても検討し、以下に述べるような成果を得た。 (1)高変換効率ラマンシフターの開発 50気圧以上で使用可能な高圧水素ガスラマンシフターを製作した。インジェクションシーダーを用いたNd^+:YAGレーザー一光の基本波(1064nm)ならびに2倍波(532nm)の後方散乱ストークス、反ストークス光を、10%程度の高変換効率を達成し、光電子分光測定におけるレーザー光源として使用することを可能とした。 (2)有機ナノ集合体の電子状態と集合構造の協同性の解明 オリゴフェニレンをはじめとするπ電子系分子が数〜数百個集合したナノ集合体負イオンの電子状態を系統的に研究した。その結果、集合数が増加するに従って電子局在性と集合構造の協同的な振る舞いの顕在化が、「二つの電子・幾何構造異性体の共存」という現象を通じて初めて見出された。これら二つの異性体の生成比は、集合体の温度によって劇的に変化し、さらに空間異方的なπ-π相互作用がこの協同現象発現に重要であることが分かった。 チミンなどの核酸塩基で構成されるナノ集合体負イオンにおいて、集合数が増加するにつれて電荷局在状態と集合構造が協同的に転移することを初めて見出した。集合数が5分子以下では、余剰電荷は塩基1分子に強く局在化し、残りの塩基がそれを安定化する溶媒分子として振舞うことが分かった。このときの塩基は非水素結合相互作用によって結合しており、余剰電荷の存在が塩基問の水素結合形成を阻害していることが分かった。しかしながら、塩基が6分子以上集合すると、余剰電子が多点水素結合で結合したWatson-Crick型ダイマー内で非局在化している構造体へと構造転移することが分かった。この電子局在性と集合構造の協同性は、DNAの電荷移動機構の微視的理解へと繋がる興味深い結果である。
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