鉄(II)スピンクロスオーバー錯体は熱・光などの外場によって低スピン・高スピン状態を可逆に変換可能な双安定性分子として知られている。特に光によるスピン状態の可逆な変換(LIESST、Light Induced Excited Spin State Trapping)は、配位子と鉄イオンとの結合長の変化に伴う大きな構造・電子状態の変化を与えることが可能である。LIESST現象を示す分子に他の機能性部位を導入することができれば、光などの外場による物性の制御、新規な物性の発現が期待される。本研究では、スピンクロスオーバー錯体にフェロセニル基およびTTF部位を導入することによる複合機能性スピンクロスオーバー錯体の構築に焦点を絞り研究を行った。まず、分子内にフェロセニル基をもつ新規三座配位子dppOCOFcおよびdppCCFcを合成した。dppOCOFcから得られる鉄二価錯体[Fe^<II>(dppOCOFc)_2](BF_4)_2・H_2O(1)は、磁化率測定から転移温度380Kでスピンクロスオーバーを示した。その結果、1はフェロセニル基もつはじめてのスピンクロスオーバー錯体であることがわかった。さらに、1は5Kにおける光照射により、LIESST挙動を示した。これは、1がこれまで報告されたLIESST錯体の中で最も高い転移温度を持つ錯体であることを示している。一方、dppCCFcから得られる錯体[Fe^<II>(dppCCFc)_2](BF_4)_2・2Et_2O(2・2Et_2O)は、一つのジエチルエーテル分子を放出することにより結晶性を損なうことなく[Fe^<II>(dppCCFc)_2](BF_4)_2・Et_tO(2・Et_2O)を生成する。構造解析および磁化率測定の結果、2・2Et_2Oは高スピン錯体であるのに対して2・Et_2Oは転移温度210Kをもつスピンクロスオーバー錯体であることがわかった。すなわち、2・nEt_2Oは溶媒分子の出し入れにより磁気的な挙動を大きく変える非常に特異な系であることがわかった。
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