結晶性材料の機械的特性は、その大部分が、転位の挙動によって担われる。よって、工業的に要求される性質をもつ新材料を創製するには、転位の挙動に関する基礎的知見が必須となる。本申請者は、前年度までに、電子顕微鏡法によって、BCC鉄中の微小な格子間原子型転位ループのバーガース・ベクトルが自発的に変化する様子を転位ループの像の変化から間接的にではあるが示した。本申請者が得たこの実験結果は、転位に関する最も基本的な法則の一つであるバーガース・ベクトルのキルヒホッフ則が破綻し得る可能性を示唆するものである。本年度は、金属・合金におけるプリズマティック転位ループのバーガース・ベクトルの自発的な変化過程を既存の電子顕微鏡に改良を施すことによって直接的に検出し、このような奇妙に見える現象の確証を得ることを第一の目的とした。 個々の転位ループのバーガース・ベクトルの変動の様子をリアルタイムで直接検出するために、既存の電子顕微鏡を改良し時間変動回折波による弱ビーム暗視野法を全く新しく開発した。これは、具体的には、コンデンサー・レンズ下段の偏向コイルに新しく開発するスイッチング回路を取り付け、電子ビームの傾斜を短い時間間隔で周期的に変動できるようにするものである。こうすることによって、弱ビーム暗視野法において励起する電子回折波を短い時間周期で変動することが可能となった。このように新しく開発した実験手法において、回折波の回折ベクトルと転位のバーガース・ベクトルの間に成り立つ関係などを利用することにより、個々の転位ループのそれぞれの時刻でのバーガース・ベクトルを高い精度で動的に決定できるようになった。この手法をBCC鉄にあてはめ、微小な転位ループのバーガース・ベクトルが自発的に変化する確証を得ることに成功した。
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