近年のDNA複製、修復、相同組換え、突然変異の分子生物学的解析結果は、「ゲノムがDNA二重鎖切断による死と修復による再生をたえず繰り返している」という、ダイナミックなゲノム維持の像に収斂しつつある。ゲノムの異常により複製フォークが停止し、ゲノムの死か再生かの決断が行われる。ガン化などの逸脱へ至るおそれのあるゲノムは、DNAの二重鎖切断により自殺し、無傷な同胞ゲノムが生き残る。大腸菌では、DNA二重鎖切断からRecBCD酵素がDNAを分解して数十キロも進んでいくが、カイ配列という自己ゲノムの標識(ID)配列に出会うと、分解を停止し、相同組み換えによる複製フォークの再構成を進める。本研究では、この細菌の染色体の自己・非自己を見分けるRecBCD酵素の反応機構の詳細を、とくに「ゲノムのID配列に出会ったとき何が起きるか」に焦点を絞って解析した。また自己・非自己DNAの認識に重要な細菌の制限修飾系について、そのゲノム寄生遺伝子としての振る舞いを検証した。 RecBCD酵素はゲノムのIDを認識するとそこに一時的に「停滞」することを昨年度明らかにしたが、この制御配列上での酵素の停滞が、細菌の種を越えてこの酵素に特有の現象であることを、大腸菌とは遠縁の枯草菌のRecBCD酵素のアナログであるAddAB酵素を用いて証明した(J.Biol.Chem.2006)。また、このゲノムのID配列を認識できない変異RecBCD酵素において、それが認識する新規ID配列での相同組換えを促進するRecA変異を発見し、生化学実験と遺伝学実験によってこれを解析した(J.Mol.Biol.2007)。さらに、DNAを特異的な配列で切断する制限酵素とペアで存在する修飾酵素について、超高熱耐性菌から新たに同定され単離された酵素の生化学的解析を進め、その特徴を詳細に解析した(Appl.Environ.Micro-biol.)。
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