昆虫の複眼で受容された光の情報は、視覚中枢(視葉)において処理された後、より高次の脳領域に送られる。視葉の出力は、4つの領域のうち視髄、視小葉、視小葉板から出る。光情報が平行処理されるのだとすると、異なる領域から出力する神経経路には、それぞれ異なる情報が含まれていると考えている。アゲハの脳の構造について記載がないので、まず色素を視葉の各部位に微量注入する方法を当実験室で確立して、高次の領域とのつながりを調べた。その結果視髄と視小葉からはそれぞれ9本、視葉用板からは少なくとも5本の出力経路を同定した。脳における投射先は、色素を注入した視葉と同側の前大脳全体、反対側の前大脳腹側と視葉へと広がっていた。 次に私は投射先のうち、視髄と視小葉の両方の出力神経が投射する前方視覚球とキノコ体への経路に着目した。キノコ体はミツバチで視覚情報の記憶と関係することが示唆されている。一方前方視覚球では、定位行動に関わる神経が色反対性を示すことがバッタで報告された。そこで、アゲハにおいてこの2領域に投射する神経の分布を視葉で観察するために、各領域に色素を注入して視葉での神経分布を観察した。その結果、複眼の腹側3分の2に相当する部分に樹上突起を持つ神経が、視髄と視小葉で染めだされた。この結果をアゲハの複眼腹側が色を見るのに使われていること考えると、視髄と視小葉から前方視覚球とキノコ体に投射するこれらの神経に、視葉における反対色性など脳における色情報処理の結果が含まれている可能性が高い。以上の結果を、昨年度中に作成した神経伝達物質・生理活性ペプチドの脳マップを合わせることで、視覚情報の経路とその機能を考える上の基礎的な組織学の知見がそろったことになる。
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