17年度は、メスの潜在的、前適応的な選好性の存在を明らかにすることを目的として、メスに対する音声プレイバック実験を中心に研究を行った。研究対象としているエンマコオロギ属3種のうち最も分岐が古く祖先的な歌を持つと考えられるエゾエンマコオロギのメスについて詳細に実験を行った。実験では、呼び鳴き(calling song)のパルスペリオド長を操作した合成音刺激と3種の求愛歌(courtship song)をプレイバックし、メスの反応を球状の行動補正装置を用いて記録し、メスの進行方向のスピーカー方向との角度、単位時間当りの進行距離を正確に測定した。その結果、合成音刺激を用いた実験では個体間で一致した傾向が得られず現在実験系を検討中であるが、求愛歌に対する反応ではエゾエンマコオロギのメスが他種であるエンマコオロギやタイワンエンマコオロギの求愛歌にも強くひきつけられることが明らかになった。従来、種認識に重要であるのは呼び鳴きであるとされ、交配前隔離の観点から呼び鳴きが調べられてきたが、最近、求愛歌も種認識に寄与するという報告がなされるようになってきた。しかし、今回、近縁他種の求愛歌をむしろ好むという興味深い結果を得た。コオロギの配偶行動は、呼び鳴きにひきつけられたメスがオスに接近することによって始まり、オスが歌を求愛鳴きに変化させた後に交尾に至る。今回、エゾエンマコオロギが同所的に分布しているエンマコオロギの求愛歌に対してもひきつけられることが明らかになり、交配前隔離における歌の役割を改めて見直す必要が生じてきた。また、分子系統解析結果から分岐が古いとされているエゾエンマコオロギの聴覚特性が派生的な近縁他種の歌に対しても好みを示すものである可能性があり、その点を明らかにすることによってメスの前適応的な認知能力がオスの歌の進化に影響してきたとする仮説の検証が可能になると考えている。
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