秋播き性パンコムギ系統は出穂の低温要求性を決める遺伝子座であるVrn-1について全て劣性アリルを持ち、春播き性パンコムギ系統はVrn-1について優性のアリルを持つ。また特に劣性のvrn-A1アリルを持つ系統は優性のVrn-A1アリルを持つ系統よりも冬期の凍結低温耐性に優れているとされる。低温凍結耐性を決める主働遺伝子Fr-1はVrn-1に連鎖して座乗する。この生育環境に対応した2つの遺伝子座(Vrn-1とFr-1)のアリル間に連鎖関係があるのか、あるとしてパンコムギの持つ3つのゲノムA、B、D全てにおいて言えるか、祖先野生種ではどうか、Vrn-1とFr-1がどの程度コムギの適応に重要なのか、これらの問題に答えることが本研究の目的である。 本年度はまずWdreb2転写因子遺伝子(Egawa et al. 2006)などが、パンコムギのABA感受性変異系統で遺伝子発現レベルにある程度の変動を見せたが、これらのABA感受性の変異系統が示す凍結耐性レベルの変化を説明できるものではなかったことを明らかにした(Kobayashi et al. 2006; Kobayashi et al. 2007)。また、ミトコンドリアのオルタナティブ経路を司るAOX遺伝子Waoxlaを高発現させたシロイヌナズナが低温条件下で活性酸素の発生を抑制することを見いだし、オルタナティブ経路の低温凍結耐性における一定の役割を明らかにした(Sugie et al. 2006 Sugie et al. 2007)。 日本等の東アジアのパンコムギ在来品種はVrn-D1を持つことで春播き性を獲得していることが知られているが、この優性のVrn-D1アリルを持つパンコムギ品種の凍結耐性のレベルは多様性に富んでおり、Aゲノムにおいて観察されたVrn-A1とFr-A1のアリルの関係がDゲノムにおいては認められないことが明らかとなった(Ishibashi et al. 2007)。また、Vrn-1遺伝子のそれぞれの同祖遺伝子における発現パターンの多様性が認められた。 以上のことからVrn-1とFr-1のアリル間に連鎖関係はAゲノムにおいては認められるが、Dゲノムにおいては必ずしも認められないことが明らかになった。Vrn-1とFr-1の環境適応に対する貢献は、A、B、Dゲノム間で等しいわけではなく、ABA応答性経路やミトコンドリアの呼吸経路の調節等の他の環境ストレスへの応答機構と補い合いながら、パンコムギの低温凍結環境への適応性を決めていることが示唆される。 このような適応機構の祖先野生種における多様性を明らかにするために、Dゲノムの提供親であるタルホコムギからVrn-D1遺伝子と日長感応性を決定するPpd-D1遺伝子座のゲノム構造を決定し、いくつかの系統について比較解析を行うと共に、遺伝子発現パターンを解析した(unpublished results)。
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