細菌はその生育に硫黄を必要とするが、通常は最も利用しやすい無機硫酸イオン(SO_4^<2->)を硫黄源とする。しかし自分の周辺環境から自由にSO_4^<2->を摂取できない、いわゆる「硫酸飢餓状態」になると、その環境に存在する様々な有機硫黄化合物を分解して硫黄源とする能力を持っている。例えその有機硫黄化合物がdibenzothiophene(DBT)のような難分解性環境汚染物賀であっても、ある種の細菌は硫酸飢餓応答性酵素により分解して硫黄源とする能力を持っている。我々はPseudomonas属のようなグラム陰性細菌が何故DBTを硫黄源として資化できないのかという疑問を酵素学的な観点から明らかにすることで、微生物の難分解性物質に対する進化適応機構を明らかにすることを目的とした。そこで本年度は、DBTと類似の代謝経路で資化されるdimethylsulfide(DMS)を唯一の硫黄源として生育可能なPseudomonas putida DS1株を用い、dimethylsulfoneからmethanesulfonate(MSA)への炭素-硫黄結合開裂酵素であるSfnG(世界で初めて単離に成功)に関して基質特異性を調べた。Diethylsulfideやdiphenylsulfideなど様々な有機硫黄化合物を用いて実験を行ったが、特にDBTとDMSの中間的な化学構造をとり、DS1株の硫黄源にもなるbenzylmethylsulfide(BMS)に関して結果を述べる。DS1株のsfnG破壊株SGK1株を作製してその生育基質特異性を調べたところ、当然DMSには生育しないが、興味深いことにBMSには生育可能であることが明らかとなった。すなわちDS1株のbenzylmethylsulfone(BMSO_2)代謝には、SfnG以外の新規な炭素-硫黄結合開裂酵素が関与することを示しており、BMSが芳香族化合物であることを考慮すると、BMSO_2の代謝に関与する新規sulfonataseがより進化的にDBT脱硫酵素DszAに類似である可能性が考えられた。また酵素レベルでも基質特異性が調べられるよう、sfnG遺伝子を高発現ベクターpET26bに連結したpETsfnGを作製し、大腸菌BL21株を用いて各種発現条件の検討をすることで、大量発現系の構築にも成功した。sfnGと相補可能なNADH-dependent FMN reductaseであるSsuEを利用することでSfnGの活性測定が可能であることも示すことができた。 一方、DS1株で既に見出されているDszAやSfnGホモログについても機能解析を行った。SfnGとはアミノ酸レベルで約30%以下の低い相同性を示す機能未知の硫酸飢餓応答性遺伝子sfnAについてその破壊株SAK1株を作製して生育基質特異性を調べたところ、DMSの資化には関与していないが、methanethiol(MT)を唯一の硫黄源とした場合に生育が親株よりかなり遅くなることが明らかとなった。おそらくsfnA遺伝子はMTからMSAへの代謝ステップのいずれかの酸化反応を行う酵素をコードしていると考えられるため、sfnA遺伝子を高発現ベクターpET26bに連結したpETsfnAを作製し、大量発現系の構築まで終了している。
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