大気汚染や環境保全のために、現在我が国では、石油燃料のほぼ完全な脱硫が行われるようになった。その一方で、脱硫に伴う余剰硫黄が年間200万トンにも及んでいる。この様な余剰硫黄を微生物を利用して処理、あるいは有効利用を目的として、これを好んで代謝する鉄硫黄酸化細菌のエネルギー代謝を研究した。 鉄硫黄酸化細菌は、鉄や硫黄を酸化しながら二酸化炭素を同化する特殊な細菌であるが、その増殖は通常の従属栄養細菌と比較して極端に遅く、また通常条件において高密度培養が困難である。本研究代表者は電気培養によって高密度培養が可能かつ硫黄も酸化できる鉄酸化細菌Acidithiobacillus ferrooxidansに着目し、本菌の硫黄のエネルギー代謝の解明を目指して研究を進めた。先ず基質となる硫黄化合物については、水に可溶であり、熱および酸や好気条件下で安定、さらに細胞毒性も比較的低いという理由から、テトラチオン酸を採用した。研究室保存の鉄酸化細菌、およびATCCなどの標準株について、テトラチオン酸を唯一のエネルギー源として生育させた結果、差違はあるものの調べた菌株においては全て良好な生育を示し、本菌にとってテトラチオン酸は良いエネルギー源になり得ることが分かった。そこで本菌においてテトラチオン酸がどの様に代謝されているのかを調べた。A.ferrooxidans ATCC23270株は、全ゲノム配列が決定されているため、これを標準株として用いた。本菌株をテトラチオン酸で生育させるとテトラチオン酸の分解活性が検出され、鉄をエネルギー源として生育した場合には、これが検出されなかった。即ち本菌のテトラチオン酸分解能は、これをエネルギー源として生育した場合に誘導されることが分かった。本菌をテトラチオン酸で培養し、これを破砕して分画したところ、膜結合型の酵素であることが分かり、これを膜より抽出・可溶化して各種カラムクロマトグラフィーに供して精製した。その結果、本酵素はテトラチオン酸を加水分解するtetrathionate hydrolaseであり、分子質量約50kDaのサブユニットからなるホモダイマー構造であることが分かった。これのN-末端アミノ酸配列から遺伝子を同定し、大腸菌内で発現を試みた。組み換えタンパク質は不溶性であったが、これを基に抗体を作成し、Western解析を行ったところ精製酵素と反応した。現在までtetrathionate hydrolase遺伝子は同定されておらず、本研究において世界で初めて同定することができた。また本酵素遺伝子は、他の生物においてほとんど相同性を示すものが無く、新規な酵素および遺伝子であることも分かった。現在はその反応機構や基質特異性について検討し、余剰硫黄処理などへの応用について模索している。
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