血小板由来スフィンゴ脂質スフィンゴシン1リン酸(S1P)は、血管内皮細胞においてG蛋白結合型受容体であるS1P_1受容体を介して内皮型NO合成酵素(eNOS)やMAPキナーゼERK1/2を活性化する。一方、過酸化水素をはじめとした活性酸素分子種(ROS)は循環器系細胞の病態因子として注目されている。申請者は血管内皮細胞のS1Pシグナルにおいてスフィンゴ脂質含有細胞膜マイクロドメインであるカベオラとその構成蛋白質caveolin-1が重要な役割を果たすことを見いだしたが、今回ROSとS1Pのシグナル伝達系にカベオラ/caveolin-1が関与するか検討した。培養ウシ大動脈由来血管内皮細胞(BAEC)を低濃度の過酸化水素で刺激すると(200 microM、三十分)、S1P_1受容体蛋白質の発現量が極めて急性に増加する(ウエスタンブロット法、約三十倍)。過酸化水素で前刺激されS1P_1受容体蛋白質を多く発現したBAECは、S1P刺激に対して反応性の亢進を示した(eNOS及びERK1/2のリン酸化/活性化の程度をホスホウエスタン法で検討)。c-Srcチロシンキナーゼはカベオラに局在することが知られているが、同キナーゼの特異的な阻害剤PP2は過酸化水素によるS1P_1受容体の誘導とS1P反応の亢進を阻害した。caveolin-1に対する特異的なsiRNAをトランスフェクションしてcaveolin-1遺伝子のノックダウンを行ったBAECでは、コントロールsiRNAで見られた過酸化水素によるS1P_1受容体蛋白質の誘導が阻害された。以上より、血管内皮細胞における過酸化水素シグナル伝達系の下流でc-Srcチロシンキナーゼ系が活性化されてS1P_1受容体蛋白質の誘導を介してS1Pの作用を亢進させるが、かかるクロストーク機構にカベオラマイクロドメイン及びcaveolin-1が参画している可能性が示唆された。
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