薬物中毒死の剖検所見はごく一部の薬物を除いて特徴的な所見に乏しく、病死との鑑別が困難な場合も多い事からともすれば見逃してしまうという危険に常にさらされている。この原因としては、スクリーニングを含めた薬物検出システムについての研究や、急性薬物中毒時における生体の変化や病態に関する研究の不足がある。そこで我々は、組織の病態変化を網羅的に捉えることができるプロテオミクス技術の中毒学への応用を考案した。本年度は心臓毒性の強い抗マラリア薬クロロキン(CQ)をモデル薬物とし、その心臓における侵襲変化を確認するのに最適な実験条件(投与CQ量や摘出部位等)について基礎検討を行った。 【最適な実験条件の検討】 マウス(雄性、約25g)に200、400mg/kg CQ(LD50の上限と下限)を経口投与した(n=15)。死亡直後に心臓を摘出してリン酸緩衝生理食塩水で洗浄し、組織固定をした後、常法に従ってヘマトキシリン・エオジン(HE)染色等を行った。また、一部の組織については抗CQポリクローナル抗体を用いた免疫組織染色も行い、CQの分布部位を検索した。 その結果、CQ400mg/kgでは約20%のマウスが投与5分以内に死亡した。一方、200mg/kgではすべてのマウスが48時間以上生存した。つまり、急性CQ中毒死モデルを作成するためのCQ投与量は400mg/kg以上が適当であることが示された。またHE染色の結果、急性中毒死例の心臓組織は著明な欝血以外の所見を認めなかった。免疫組織染色の結果、心筋組織とプルキンエ細胞にCQの分布が確認された。以上の結果から、プルキンエ細胞を多く含む心室部を組織試料として用いることが適当と判断した。
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