昨年度は接着分子SgIGSF(以下S)の胃癌細胞株における発現を示した。今年度は同分子の胃癌腹膜接着における意義(I)と正常消化管における生理学的意義(II)を検討した。 (I)まずin vivoの実験としてSを発現するMKN28をマウス腹腔内に注射し、1時間後の腹膜への接着を調べた。抗S抗体の免疫染色でMKN28細胞辺縁にSの集積が確認され、胃癌の腹膜接着にSが関わる可能性が示唆された。接着細胞数は少なく定量化には不向きと判断し、代わりとなるin vitro実験系の確立を試みた。腸管を一塊で摘出して腸間膜を露出するように伸展させ、この上にMKN28を滴下し、適度な振騰条件で共生培養を行ったところ、1時間はおろか10分の培養で十分な細胞接着を認めた。Sは細胞間接着開始10分で効果を発揮することが大阪大学高井義美氏によって示されており、以下の実験では10分間の共生培養を行った。Sを発現しない中分化型AGSにSを強制発現させ、S発現有無による腹膜接着能の違いを調べると、予想に反してS発現は接着能を低下させた。AGSはシャーレに強く接着するため、腹膜接着能はS以外の分子ですでに規定されているようであった。そこで、シャーレへの接着がゆるい未分化型NUGC4・KATOIII(S発現なし)に同様の実験を行おうと遺伝子導入を試みたが成功していない。 (II)マウスにおけるS発現上皮細胞を免疫染色で検討すると、S発現は幽門腺およびブルンネル腺で認めた。ブルンネル腺は神経刺激で粘液分泌することが知られており、これを取り囲む神経線維にもSの発現を認めたため、Sが神経にブルンネル腺分泌に関与するのではないかという仮説を立てた。国立がんセンター村上善則氏のご好意によりSノックアウトマウスを使用したが、神経刺激による粘液分泌能は正常と同等であり、この仮説を実証することは出来なかった。
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