我々は胚性幹細胞(ES細胞)から心筋細胞への分化に必要な新規因子を網羅的に探索するため、心筋マーカー遺伝子であるNkx2.5の下流にGFPをノックインしたマウスES細胞株を用い、ランダム変異のハイスループット・スクリーニングを行った。レトロウイルスによって変異を挿入したES細胞を96-wellプレートで平面培養し、転写調節因子GATA-4の脱アセチル化を抑制するトリコスタチンA (TSA)によって心筋分化を誘導した。分化効率をGFPを指標にしたフローサイトメトリーによって測定した結果、有意に心筋分化が抑制されたクローンを複数得ることができた。3'RACEにより、クローンの一つでcAMP依存性タンパク質リン酸化酵素(PKA)の調節サブユニット遺伝子(PRKAR1B)が欠損していることを特定した。PRKAR1BはPKAと結合することによってその酵素活性を阻害し、cAMPと結合することによってPKAから解離する。cAMP/PKAシグナルがES細胞の心筋分化に関わっているかを調べるため、IBMXを投与して細胞内cAMP濃度を上昇させたES細胞の心筋分化効率を測定した。ES細胞からハンギング・ドロップ法により形成した胚様体に培養初期から継続的にIBMXを投与した結果、これらの胚様体ではTSAによる心筋分化効率が減少した。また、Nkx2.5およびGATA-4の発現量をRT-PCRによって定量した結果、IBMXを投与したES細胞ではこれらのRNA量が著名に減少していることがわかった。以上の結果は、PRKAR1BがES細胞の心筋分化に必要であり、cAMP/PKAシグナルの活性化が、心筋分化を抑制していることを示している。本研究はES細胞から心筋分化における新しいシグナルの探索として、その医学的・生物学的意義は大きいと考えられる。
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