造血幹細胞の自己複製に関する分子機構は複雑であり、実用的な体外増幅システムは未だ確立されていないのが現状である。この理由として、骨髄niche以外においては造血幹細胞の未分化性維持が困難であること、またこのような環境下においてはDNA障害性ストレスに対する造血幹細胞のアポトーシス感受性が高まっていること等が予想される。我々は、単量体のセリン/スレオニンキナーゼであるカゼインキナーゼIε(CKIε)により、造血幹細胞においてこれら2つの機構が調節されていることを見出した。 CKIεは、SOCS3を安定化することによりG-CSF刺激による造血細胞の顆粒球分化を抑制すると同時に、β-cateninをも安定化することによりWnt刺激に対し促進的に作用し、結果として造血幹細胞の未分化性の維持に貢献することはすでに報告している。 この度、CKIεが造血細胞のDNA障害性ストレスに対するアポトーシスの感受性を増強することを報告した。レトロウイルスベクターにより野生型およびキナーゼ欠損型CKIεを発現させたマウス骨髄前駆細胞32Dを用いた研究では、機能的CKIεの発現により、抗癌剤・放射線等各種DNA障害性ストレスに対するアポトーシスの感受性が増強されることを確認した。これはCKIεが、直接的あるいは間接的なPTENの活性化を介して、細胞生存シグナル機構の1つであるPI3K/Aktシグナルを抑制するためである。未分化な造血幹細胞においては、他の血液細胞と比較しCKIεの発現が亢進しており、これはniche以外の環境下ではアポトーシス感受性の増強につながることが予想される。また数種類の白血病細胞株においては、CKIε発現の減弱・消失が認められた。これらの細胞株では、逆にDNA障害性ストレスに対して耐性を持つことが予想される。すなわちCKIεの機能的欠落は、造血細胞の白血化あるいは白血病細胞の治療耐性化機構にも関与しうると考えられ、CKIεを癌抑制遺伝子の1つとしてとらえることも可能である。
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