Heat shock protein(HSP)は、高温条件などのさまざまなストレスによって発現誘導される一群のタンパク質であり、HSP90、HSP70、HSP60、small HSP(HSP27など)に分類される。HSPはタンパク質のフォールディングの補助、機能構造の保持、不要タンパク質の凝集や分解などを制御する分子シャペロンとして機能している。なかでも、HSP90は主として二量体として存在し、多くのがん細胞において発現亢進が認められ、他のシャペロンやコシャペロンとシャペロン複合体を形成して、標的タンパク質(クライアントタンパク質)に結合し、その機能や安定性に関与している。HSP90のクライアントタンパク質には、細胞周期や細胞の生存、がん化に関わる多くのタンパク質が含まれることから、がん治療における分子標的としてHSP90は注目されている。HSP90阻害薬であるGeldanamycinはHSP90のATP結合ポケットに結合して、そのシャペロン活性を阻害し、クライアントタンパク質の不安定化、分解を誘導する。Geldanamycinの肝毒性を軽減した誘導体17-AAGは、米国にて多発性骨髄腫の治療薬として希少疾患医薬品に指定されている。 成人T細胞白血病(ATL)はレトロウイルスであるヒトT細胞白血病ウイルスI型(HTLV-I)感染を原因とする予後不良のT細胞性白血病・リンパ腫である。既存の化学療法では限界があり、分子標的療法の開発は急務である。ATL細胞の生存維持には転写因子NF-κB、AP-1、STAT3/5やPDK1/Aktなどのシグナル伝達経路が重要であることをわれわれは、報告してきた。近年、HSP90のクライアントタンパク質として、IKKα/β、STAT3/5、PDK1/Aktなども報告されており、HSP90を標的とするATLの治療は、一度に多くの生存シグナルを阻害できる可能性がある。本研究では、17-AAGの抗ATL効果について検証し、そのメカニズムを明らかにする。 今年度の成果は以下のとおりである。 1.HTLV-I感染T細胞株やATL細胞は、健常人末梢血単核球に比べて、HSP90タンパク質の発現が亢進していた。なお、HSP70やHSP27の発現に関してはこのような差はみられなかった。 2.17-AAGは、HTLV-I感染T細胞株やATL細胞の生存率を濃度依存性に減少させたが、健常人末梢血単核球の生存率には5μMの濃度でも影響をおよぼさなかった。 3.17-AAGは、HTLV-I感染T細胞株の細胞周期をG1期で停止し、アポトーシスを誘導した。 4.17-AAGは、HTLV-I感染T細胞株やATL細胞のcyclin D1、cyclin D2、CDK4、CDK6、XIAP、survivinタンパク質の発現を濃度および時間依存性に抑制したが、HTLV-Iトランスフォーミングタンパク質TaxやHSP90の発現には影響をおよぼさなかった。 5.17-AAGは、IKKα/IKKβの発現を抑制し、IκBαの蓄積とリン酸化阻害を誘導し、NF-κBのDNA結合を抑制した。また、AP-1の構成タンパク質JunDの発現を阻害し、DNA結合を抑制した。 6.17-AAGは、PDK1やAktの発現およびリン酸化を抑制した。 7.プロテアソーム阻害薬処理により、17-AAGにより発現低下を認めたタンパク質の発現が回復した。
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