Heat shock protein (HSP)は、高温条件などのストレスによって発現が誘導されるタンパク質群で、タンパク質のフォールディングの補助、機能構造の保持、不要タンパク質の凝集や分解などを制御する分子シャペロンとして機能している。なかでも、HSP90は多くのがん細胞において発現亢進が認められ、標的タンパク質(クライアントタンパク質)に結合し、その機能や安定性に関与している。HSP90のクライアントタンパク質にはがん化に関わる多くのタンパク質が含まれることから、がん治療における分子標的として注目されている。HSP90阻害薬である17-AAGは、米国にて多発性骨髄腫の治療薬として希少疾患医薬品に指定されている。 成人T細胞白血病(ATL)はレトロウイルスであるヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)感染を原因とする予後不良のT細胞性白血病・リンパ腫である。既存の化学療法では限界があり、分子標的療法の開発は急務である。ATL細胞の生存維持には転写因子NF-κB、AP-1やPDK1/Aktなどのシグナル伝達経路が重要であることをわれわれは報告してきた。近年、HSP90のクライアントタンパク質として、IKKα/βやPDK1/Aktが報告されており、HSP90を標的とするATLの治療は、一度に多くの生存シグナルを阻害できる可能性がある。本研究では、17-AAGの抗ATL効果について検証し、そのメカニズムを明らかにする。昨年度、我々は、HTLV-1感染T細胞株やATL細胞におけるHSP90タンパク質の発現亢進と17-AAGによる細胞増殖抑制、細胞周期停止およびアポトーシスの誘導を明らかにした。 今年度の成果は以下のとおりである。 1.17-AAGのNF-κBおよびAP-1転写活性化能に及ぼす影響:HTLV-1感染T細胞株を17-AAGで処理した際のNF-κBおよびAP-1転写活性化能を、それぞれの転写因子結合配列を組み込んだレポータープラスミドを用いたレポーターアッセイで検討した。その結果、17-AAGはHTLV-1感染T細胞株のNF-κBおよびAP-1転写活性化能を阻害することが明らかとなった。 2.17-AAGのPDK1/Akt活性に及ぼす影響:HTLV-1感染T細胞株を17-AAGで処理すると、HSP90のクライアントタンバク質であるAktおよびPDK1の分解が促進されることでAkt活性が抑制されることを明らかにした。 3.HTLV-1以外の感染症における17-AAGの効果:胃上皮細胞株にヘリコバクター・ピロリ菌を感染させると、炎症細胞遊走に関与するケモカインCCL20の発現をNF-κB依存性に亢進する。ヘリコバクター・ピロリ菌感染胃上皮細胞株を17-AAGで処理すると、HSP90のクライアントタンパク質であるIKKα/β、AktおよびPDK1の分解を促進することでNF-κB活性を抑制しCCL20発現を阻害した。この結果から、17-AAGはヘリコバクター・ピロリ菌感染による胃炎を抑える効果があると考えられる。
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