T細胞は、主としてT細胞受容体(TCR)を介して活性化され、従来獲得免疫において重要な役割を果たすと考えられてきた。一方、抗原提示を受けず病原微生物構成成分を認識するToll like receptor(TLR)は自然免疫の要であるが、最近T細胞においても一部のTLRの発現が報告され、自然免疫と獲得免疫のより緊密な制御機構が着目されるようになった。T細胞において、細菌鞭毛蛋白フラジェリンをリガンドとするTLR5とTCRを介する細胞内情報伝達機構の制御機構についての研究を行い、フラジェリンによるTLR5を介する先行刺激を受けるとTCRを介したT細胞活性化が抑制されることを発見した。 まずJurkatT細胞株を用い、フラジェリン刺激によるMAPK、NF-κBの活性化およびTLR5自身のチロシンリン酸化を示した。次に末梢血T細胞およびJurkat細胞において、フラジェリンによる前刺激を行った後、CD3抗体を用いたクロスリンクによりTCRを介した刺激を行うと、T細胞活性化に重要な転写因子NF-ATの活性化が一過性に抑制され、NF-AT活性化に重要なチロシンキナーゼであるZap-70のチロシンリン酸化が抑制されることも示した。さらに、フラジェリン刺激により抑制因子SOCS-1の発現が誘導され、Zap-70と複合体を形成することを示した。Jurkat細胞にSOCS-1あるいはSOCS-1特異的siRNAを遺伝子導入し、SOCS-1の発現を増強あるいは抑制することにより、フラジェリン刺激により発現誘導されたSOCS-1が、TCRを介したT細胞の活性化を抑制することを示した。これらの結果は、細菌が巧妙に宿主の免疫機構から逃避する可能性を示唆しており、特にフラジェリンを保有する細菌が多く存在する腸管における免疫応答の分子機序の理解を深めるのに重要であると考える。
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