MATH-2は神経特異的に発現の見られるbHLH型の転写調節因子である。その転写調節を受けている遺伝子のひとつは主に軸索の伸展および維持に機能すると考えられているGAP-43であることが確認されており、すなわちMATH-2も彼の生命現象に関与していると推察するに難くない。また、GAP-43はリチウムを継続投与したラットの脳でも発現量が変化するとの報告がある。ところで、タンパク質の多くは一部のアミノ酸が修飾されることにより機能のスイッチをON/OFFしている。修飾の代表例は酵素によるリン酸化であり、転写に機能するMATH-2にもリン酸化修飾を受けるアミノ酸が存在しうるという観点から、当研究は軸索の伸展および維持のスイッチとリチウムの作用機序の関連を探るものである。 タンパク質がリン酸化などの修飾を受けると一般には修飾を受けた分だけ僅かに分子量が大きくなるため、ウェスタンブロットでは修飾・非修飾のタンパク質が複数のバンドに分かれて観察される。まず、遺伝子を制限酵素で削った10種のミュータントを用意しウェスタンブロットを行ったところ、ある領域を削ったミュータントでのみバンドが二重にならないことを確認した。 また、これらのミュータントをルシフェラーゼアッセイに用いGAP-43のプロモーター活性を測定したところ、複数のミュータントで活性値の下降を確認している。しかし興味深いことに、活性値が下降するのはウェスタンブロットで二重のバンドが観察されたミュータントだった。つまり、MATH-2は修飾されることで転写を抑制する転写調節因子である可能性が示唆されたといえよう。更にそのトランスジェニックマウスの行動解析からも異常行動が観察され、MATH-2のリン酸化を介した転写調節は個体の精神状態にも影響を及ぼすと推測できる。
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