神経細胞特異的にミトコンドリアDNA(mtDNA)に欠失を生じるトランスジェニック(Tg)マウスを作製し、これまでにこの変異マウスが躁うつ病の症状に類似した異常行動を示すことを明らかにし、気分安定薬であるリチウムを投与することによって改善することを予備的な実験においてすでに見出していた。本年度は、リチウムの効果についてより多くの個体を用いた詳細な実験を行った。その結果、Tgマウスが示す躁うつ病類似の異常行動をリチウムが抑制することを確認した。以上の結果は、原著論文としてMolecular Psychiatry誌において発表した。さらに、別の気分安定薬であるバルプロ酸の効果を調べるため、血中レベルがヒトにおける治療濃度になるよう、餌中のバルプロ酸の量を至適化した。また、研究実施計画に従い、ウォルフラム病の原因遺伝子Wfs1のノックアウト(KO)マウスを用いた研究を並行して行った。このKOマウスは、上記Tgマウスのような気分障害様の日内リズムの異常を示さなかったが、KOマウス(ホモ)とTgマウスを掛け合わせた個体は、単なるTgマウスと比べ、極めて顕著な異常を示した。WFS1タンパク質は小胞体に局在するため、単純な説明を与えることができず、KOマウスとTgマウスとの掛け合わせ個体の機序に関しては今後の重要な課題であろう。以上のマウス個体を用いた解析に加え、Tgマウスと同様の変異(mtDNA合成酵素Polg遺伝子の点変異)を発現する培養細胞を作製し、細胞の増殖速度や欠失等のmtDNA異常を調べた。その結果、Polg遺伝子のいくつかの点変異が、mtDNAの量を減少させ、細胞の増殖速度を大きく低下させることを明らかにした。
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