児童虐待やネグレクトなどの不適切養育の理解のためには、まず養育行動をつかさどる神経メカニズムを明らかにしなければならない。そこで我々は、哺乳や子の安全を守るといった基本的な養育行動が哺乳類において進化的に保存されていることに着目し、マウスモデル系を用い、養育行動の神経メカニズムの解析を行っている。平成17年度の研究では、脳内の養育行動中枢(内側視索前野、MPOA)を単離し、DNAマイクロアレイを用いた網羅的遺伝子発現解析を行った。それにより、養育行動に伴ってMPOAのニューロン内で、細胞内シグナル伝達系の一つであるMAPカイネース-cFos経路が活性化されていることが明らかになった。さらにその下流で発現が誘導される遺伝子群も同定し、免疫組織化学法やIn situ hybridization法など他の手法によっても確認している。これらの結果より、仔マウスからの知覚刺激により親マウスの脳ではMPOAニューロンの転写システムが活性化し、形態変化を含むニューロンの可塑的変化が起こって、長期にわたり養育行動を行うようになると考えられた(投稿準備中)。 また、転写因子FosBは、マウスが離乳前の仔マウスにさらされたとき、母性行動の中枢とされる内側視索前野に特異的に発現が誘導されること、またFosB変異マウスでは野生型に比べ、巣づくり、哺乳、レトリービング(仔を巣にまとめる行動)に広汎な異常があることから、母性行動発現制御に中心的な役割を果たしていることが期待される。そこで、出産当日の母マウスのMPOAおよび嗅球を摘出、同様にDNAマイクロアレイ法による網羅的遺伝子発現解析を行ったところ、いくつかの遺伝子において、両方の組織に共通した顕著な発現変化が認められた。この結果は、免疫組織化学的方法によっても確認された。現在、この原因をゴルジ染色などの組織学的方法を用いて探索中である。
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