セメント質は、ほ乳類の歯根を被覆する歯牙硬組織であり、槽生性の歯に特有な歯質であることが知られている。系統発生学上は虫類類以下の現生の動物種の歯にはセメント質は認められないが、比較的古い形質を保存しているワニは槽生性の動物であり、その歯牙の歯根は明らかにセメント質が確認される。よってワニにはセメント質ならびにほ乳類の歯周組織の本態についての解析を行う上での基本的な構造が存在している。 ワニのセメント質は基本的には細胞セメント質であり、歯根の全周にわたって多数のセメント細胞が認められた。このセメント質を、脱灰切片におけるヘマトキシリンに対する染色性によって大きく内層と外層の二層に分けた場合、セメント質内層にはセメント象牙境にほぼ平行してセメント小腔がならび、セメント質外層には一見無秩序な様相を呈してセメント小腔が分布しているが、多くのものは基質を構成する主たる線維性分(Sharpey線維)の走行に沿うような傾向があった。またセメント質の内層、外層ともに比較的大きなセメント小腔の中には複数の細胞が認められるものも多く、それらの多くは上皮性の細胞である。比較的小さなセメント小腔の中には、上皮性の細胞が単独で内在しているものもあるが、多くはいわゆるセメント細胞であった。透過電顕の所見からセメント細胞を内在しているセメント小腔には未石灰化の膠原線維が認められるが、上皮性の細胞を内在しているセメント小腔には極微細な羽毛状の構造物が確認された。この構造物の生化学的特性については更なる研究の継続が必要であると思われる。 現在ワニは法的な規制を受け、観察対象として入手が困難となったことから、様々動物種のセメント質を各論的に観察したところ、有袋類オポッサムの細胞セメント質にも多くの細胞が含有されていることが確認された。この動物のセメント質については未だ検討中である。
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