研究課題/領域番号 |
17F17001
|
研究機関 | 奈良大学 |
研究代表者 |
今津 節生 奈良大学, 文学部, 教授 (50250379)
|
研究分担者 |
MENDBAZAR OYUNTULGA 奈良大学, 文学部, 外国人特別研究員
|
研究期間 (年度) |
2017-04-26 – 2019-03-31
|
キーワード | トレハロース含浸処理 / 出土木材 / モンゴル / 草原地帯 / 技術移転 |
研究実績の概要 |
モンゴルの草原地帯では墳墓等の発掘調査において、湿った地下空間から飽和水蒸気に満たされた状態で木材等の有機遺物が発見されることが多い。この出土木製品は湿気の高い地下環境に置かれているために、飽和水蒸気に満たされた環境下で木材腐朽菌やバクテリア等によって侵され劣化している。これらの出土木製品は、日本や欧米のように飽水状態で地下あるいは海底から発見される出土木製品とは大きく異なる。モンゴルの草原地帯から発見された木製遺物は発掘直後は飽和水蒸気雰囲気にあり、ある程度の水分を含んでいるが、発見直後に極度に乾燥した地上の環境に曝されることによって短時間のうちに変形し崩壊する。 本研究では、日本で開発されたトレハロース含浸法を応用し、モンゴルの草原地帯で発見された出土木製品に対して、発掘現場で短時間のうちに出土木製遺物の亀裂・変形・崩壊を防ぐ方法を提案すると共に、実際にモンゴル草原の発掘現場で実際に適用できる方法を提案する。 本研究で提案する方法は、表面張力を下げて浸透力を高めた高濃度のトレハロース水溶液を出土木製品に浸透させる方法である。トレハロース水溶液を飽和水蒸気雰囲気にある出土木材に塗布することで、トレハロースが木材内部で結晶化することによって木材表面の亀裂や変形を防ぐ効果のあることが分かった。草原地帯の寒暖差の激しさはトレハロースの結晶化を促進するために有効であることも判明した。乾燥気候や寒暖差の激しい気候を特徴としたモンゴルでも出土木製品を安定的に保存できる可能性が芽生えてきた。環境に優しく“安価”で“簡易に安全に作業”でき、“短期間”で行えるトレハロースを用いた含浸処理法は、自然豊かなモンゴルの環境で最も期待できる。日本の科学的な保存処理法を応用することによって、草原地帯の発掘現地から出土状況を保ったままの状態で都市部の研究施設に移送することができた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
シベリア・モンゴルなどのユーラシア大陸草原地帯では、地下に大規模な墓を築き、豪華な副葬品を埋蔵することがある。地下空間が低温で湿潤環境にあり、常に低温で飽和水蒸気環境が維持された場合に限って、木材がバクテリアや腐朽菌によって完全に崩壊することなく、水浸出土木材と同じような状態で発見される。飽和水蒸気環境を維持して発見された木材は、彩色などが極めて良好な状態で残存しており、世界的に見ても大変貴重である。ところが、これらの貴重な木製品は極度に乾燥した草原の発掘現場に持ち出されると、一時間足らずの間に乾燥が進み変形してしまう。このような状況を踏まえて、本研究は地下空間から飽和水蒸気環境で出土した木材に対する発掘現場での応急的な保存処理方法を提案することを目的としている。本年度の研究によって、草原で発見される木材に対して表面張力を下げて浸透力を高めた高濃度のトレハロース水溶液を浸透させることにより、トレハロースが木材内部で結晶化することで変形やひび割れなどを防ぐ可能性が高いことを解明した。トレハロース水溶液は木材内部に浸透し結晶化することにより木材細胞を強化する。現場で短時間で使用できるこの方法は、草原地帯で発見される多くの木製品に適応できる可能性がある。 本年度は7月から8月の間にモンゴル国立文化財遺産センターでトレハロース含浸処理方法を使った保存処理を実施した。モンゴルの研究者たちは自分自身で保存処理を実施することによって、自らの手で木製文化財を守る喜びを知った。本研究を通じて適正な知識・科学的な保存処理法の技術を移転することができた。本研究は文化財保存における開発研究と技術移転としてモンゴルにおける研究のスタートとなった。また、8月から11月は、鮮卑時代の古墳の発掘調査に参加して現地で初めてトレハロース含浸処理法を行いて保存処理することに成功した。
|
今後の研究の推進方策 |
昨年の8月から11月に発掘現場で実施した鮮卑時代の古墳出土木製品の保存処理について現地で応急的な保存処理をおこなう。本年度はさらに恒久的な保存処理を目指してウランバートル市内で保存処理を実施する。昨年度調査した木製品の中には顔料が付着した脆弱な木製品も発見されている。本年度は彩色のある木製品に対して顔料の剥落を防ぎながら保存処理を実施する予定である。また、モンゴル国立大学・モンゴル歴史国立博物館・カラコルム国立博物館・ザ ナバザル国立博物館・文化財遺産センターなどに保管されている乾燥して収縮した木製遺 物のサンプルを採取する。さらに、草原地帯の発掘調査に参加して飽和水蒸気環境で発見した木製遺物の中から彩色木製品のサンプルを採取して、出土直後の環境を維持したまま日本に持ち帰る。日本では、木材サンプルの樹種同定と細胞壁の収縮状態を調べた後に、収縮した木材細胞を膨潤させて形状を回復させるため形状回復実験を行う。さらに形状回 復処理後にトレハロース含浸法による保存処理実験を行う。 本研究の適用範囲はモンゴルだけで無くユーラシア大陸の草原地帯における出土木製品全般に役立つ研究としてモンゴルばかりで無くロシアでも注目されている。モンゴル・カルコルム国立博物館研究学会をはじめ、ロシア・ウランウデ市ブリアド中央考古学研究所、ロシア・ブリアド中央考古学研究所研究学会におて現地の研究者と意見交換を行う。 本研究の成果は日本および韓国・モンゴル・東欧などの国際学会において発表すると共にユーラシア大陸の草原地帯に共通する問題の解決策として各国の研究者と情報交換しながら技術移転を行う。最終的に、本研究の成果をモンゴル語で出版すると共に広く本研究 成果の普及をはかる予定である。
|