研究実績の概要 |
局在化一重項ジラジカルは,結合のホモリシス過程に必ず介在する鍵中間体であり,その構造と反応挙動を精査し,その化学的性質を明らかにすることで,化学反応の深い理解に繋がる.本研究では,局在化シクロペンタン1,3―ジラジカルの化学を明らかにするため,その前駆体であるアゾ化合物2,3-ジアザビシクロ[2.2.1]ヘプテンの合成と対応するジラジカルの発生と単離を低温マトリクス法によって実施した. 2019年度の研究では,2,3-ジアザビシクロ[2.2.1]ヘプテンの1,4-7位の水素原子の6個を選択的に重水素化した重水素化アゾ化合物の合成を行なった.その合成には,まず,シクロペンタジエンの重水素化を行い,その後,アゾアルカンとのDiels-Alder反応によって重水素化アゾ化合物の合成を達成した.その重水素化アゾ化合物をMTHFに溶解し低温5 Kで光照射を行い,発生するジラジカルを電子スピン共鳴(ESR)法と赤外分光(IR)法によって直接観測を試みた.その結果,重水素化していない三重項ジラジカルと同様のESRシグナルが観測された.興味深いことに,低温5 Kにおいても,そのトリプレット種のESRシグナルが減衰することが観測され,その失活速度は,水素の場合と比較して,3倍程度遅いことが確認された.その失活課程に及ぼす同位体効果は,理論計算で予測される同位体効果に比べて10倍程度短いことがわかった.つまり,三重項ジラジカルの失活の律速段階は,一重項への項間交差の段階であることが明らかになった.次に,I R測定によって,生じる閉環体の立体選択性を評価することを行なった.室温溶液中の立体選択性とは異なり,原料の立体選択性を保った生成物が優先的に得られた.この実験結果は,脱窒素直後に生じる中間体の構造が重要であることを示している.
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