掛軸を長期間保存する方法を確立するためには、本紙のみで劣化機構を考えるのではなく、本紙と裏打ち紙が一体となった複合材料と捉えて劣化機構を考える必要がある。本研究では本紙とそれに直接糊付けされる肌裏紙で生じる劣化反応とその原因物質及び劣化生成物質の移行、そして周囲環境との間での相互移行も考慮に入れて劣化機構を解明することを目的とする。そこで、日本画に使用される礬砂、顔料のモデルとしてCuSO4・5H2O、膠及び新糊 (小麦澱粉糊)のような絵画材料を、濃度を変えて本紙、または肌裏紙に浸漬、または塗布し、懸垂法とチューブ法により加速劣化処理を行った。その結果、本紙に添加する材料の種類とその濃度を変えたときの単体の本紙試料と本紙-肌裏紙の複合体試料の劣化挙動の違いから肌裏紙の存在が本紙の保存性向上に物理化学的に寄与することを明らかにした。また、掛軸の保管環境や巻いたときの積層構造を想定した加速劣化条件 (懸垂法、チューブ法)による複合体の劣化挙動と速度の違い、本紙と肌裏紙の間の接着力の挙動の違い、さらに、掛軸を巻いた積層構造における密閉度と本紙の位置による劣化挙動の違いを明らかにし、掛軸の長期保存対策を確立するための知見を得た。最後に、SPME / GC-MS手法により揮発性有機化合物の生成量の比率を算出し、掛軸制作に用いられる和紙や絵画材料の違いによる劣化パラメータを評価し、日本画の劣化度評価への適用可能性を検討した。
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