研究課題/領域番号 |
17H00800
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
鈴木 石根 筑波大学, 生命環境系, 教授 (10290909)
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研究分担者 |
新家 弘也 関東学院大学, 理工学部, 助教 (30596169)
長谷 純宏 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 高崎量子応用研究所 放射線生物応用研究部, 上席研究員(定常) (70354959)
岩田 康嗣 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 電子光基礎技術研究部門, 招聘研究員 (80356534)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 重イオンビーム照射 / 変異導入 / 微細藻類 / アルケノン / 円石藻 / 細胞形態変化 |
研究実績の概要 |
これまでに量子科学技術研究開発機構高崎量子応用研究所(TIARA)において、数回の円石藻Tisochrysis lutea株への照射を行った。その結果、アルケノン生産量が野生株(元株)に比べて約2倍大きい株を取得することができた。この株のアルケノン高生産の原因を確かめるため、光合成活性を測定した。当初は光合成能、すなわちカーボンのインプットの速度は変わらずに、最終産物としてアルケノンへの配分が増加していると想像していたが、光合成速度の解析の結果、野生株より2倍近く活性が高いことがわかった。現在、この光合成能の上昇のメカニズムについて解析を試みている。光合成能は多様な光合成生物で共通性の高い仕組みが保存され、ほぼ最適に制御されていると考えられているので、変異の導入により光合成活性を向上できることは非常に驚くべき結果であった。 アルケノンは一部の円石藻が蓄積する特殊な脂質で、それらの円石藻にとっては、固定した炭素を貯蔵する形態であると考えられている。細胞を暗所におくとアルケノンは数日かけて分解され蓄積量が減少する。共同研究者の新家博士は、アルケノンの分解速度に着目し、アルケノン蓄積量が増加した株の中から暗所でのアルケノン蓄積量の減少がみられる株をスクリーニングし、複数のアルケノン分解能を低下させた株を得ている。 緑藻Monoraphydium neglectumは、栄養塩の欠乏やCO2濃度の増加など培養条件が変わると、紡錘型の細胞の長径短径の細部が変化することを見出しているが、この細胞への重イオンビーム照射を行い、野生株の細胞サイズが肥大しない培養条件で安定的に細胞の短径が大きくなる株を樹立した。この株の変異箇所を特定することで細胞形態の変化のメカニズムを解明できると考えられ、注目している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
円石藻Tisochrysis luteaへの重イオンビーム照射により複数のアルケノン生産量の高まった株を得ることに成功している。その中には光合成活性の増加したもの、アルケノン分解速度が低下したものが含まれていることがわかりつつある。 光合成は多様な光合成生物種に保存される機能で、生物が獲得してから非常に長い年月を経ており、最適に進化していると考えられているので、光合成機能そのものがさらに向上できることは驚くべきことであった。その原因遺伝子を特定できればそれを他の植物、藻類へ応用することにより、増産増収が可能となり、社会に大きな貢献をできると考えられる。 また、アルケノンはユニークな脂質分子で、炭素数37-40の枝分かれのない長鎖不飽和ケトンで末端にメチル基を持つ構造を有する。これまでアルケノンの分解の経路は明らかにはなっていないが、昨年度同定した変異株の解析により、新規なアルケノン分解の機構が解明できる可能性がある。アルケノンは末端のカルボキシル基を除けは、アルケン状の分子であるため、その分解経路はアルカン・アルケンの分解に利用できる可能性があり、新規なバイオリメディエーションへの展開も考えられる。 また、緑藻Monoraphydium neglectumでは、環境適応のメカニズムとして細胞形態が変化することを見出した。その機構は明らかではないが、Monoraphydium neglectumへの重イオンビーム照射により野生株とは異なり、コントロール条件においてもストレス条件下のような形態を持つ細胞株を確立する事に成功した。我々独自の研究による細胞の形態変化を分子的に解析する手段を得つつあり、たいへん興味深い研究結果を得られると期待している。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究で、光合成機能の向上とアルケノン分解の抑制の少なくとも2系統のアルケノン産生能向上の機構が考えられたので、引き続きTIARAのマシンタイムが確保できる場合は、野生株あるいはこれまでえられている変異株への重イオンビーム照射を行い、複数の優良形質を持つ株の取得に努める。 並行してこれまでに得られている変異株の原因遺伝子の特定に努め、その原因を明らかにするとともに、Tisochrysis lutea株への遺伝子改変により、それら機能の増強または欠失抑制により、その機能を確認し合わせて優良な株を得ることを目指す。我々は既にこの株の遺伝子導入技術、特異的に遺伝子機能を抑制する技術を取得しており、その技術を利用できる。 また、油脂を高生産するラビリンチュラ類のAurantiochytrium mangroveiのメバロン酸経路の律速酵素であるヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼ(HMGR)の過剰発現株で、スクワレン・カロテノイド蓄積量を向上することに成功している。この株は組換え体であり、実用化にはハードルがあるが、カロテノイド含量の増加によりコロニーの色調が赤っぽくなることがわかっている。この性質を利用して色調の赤いコロニーを選抜することでスクワレン・カロテノイド含量の高まった株を樹立できる可能性がある。来年度はこれまでのハプト藻、緑藻に加えて、Aurantiochytriumも視野に入れた照射実験を検討し、油脂生産性を向上した株を確立する事を計画している。
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