研究課題/領域番号 |
17H00811
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
尾本 章 九州大学, 芸術工学研究院, 教授 (00233619)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 音場再生 / 境界音場制御 / 鋭指向性 / マイクアレイ / 逆フィルタ行列 |
研究実績の概要 |
音場再生システムの総合的・本質的な性能を向上させ,超臨場感の実現を試みる研究である。初年度は研究計画全体の中で最初のフェーズとして要素技術の確立を主たる目標としてきた。具体的には指向性マイクを用いた収録システムの構築とその性能検証,また簡易的な再現手法の確立を目標として設定し,さまざまな試みを行ってきた。 マイクロホンアレイの構築に関しては,高性能でコンパクトな鋭指向性マイクを用いて,24本構成のシステムを製作することで実現した。当初の計画では,32本へと数を増やすことを想定したが,指向性を実験的に検証したところ,数を増やすことによるメリットよりもシステムが複雑になるデメリットのほうが大きいと判断された。このため本数は24本のまま,より基本的性能が高い個体を用いてシステムを構築した。 システムの物理的な拠り所は境界音場制御の原理である。つまり,再生音場においてその音響的な特徴を打ち消すための逆フィルタが必要になるが,鋭指向性のマイクの性質を利用して,小規模な逆フィルタ行列を構成することを試みた。結果として考案した方法は非常に有効に働き,DAWソフトを使ってリアルタイムに再生を行うシステムを構築することができた。この成果は日本音響学会の研究発表会において発表したほか,英文で論文として取りまとめ,査読を経て学会誌に再録されることが決定した。 また収録・再生システムの有効な活用手法に関しても,検討を行い,さまざまな音場を対象に収録と再生を試みた。典型的な例は車室内音場の収録である。自動車メーカーは,車室内の騒音環境の評価のために独自の指標を構築することを試みているが,その評価を確立するためには同じ条件で多くの人数が音を聴取できることが不可欠になる。音場再生システムはこのような目的に合致する強力なツールである。この試みは次年度以降も継続の予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
全体的に当初の計画をこえて順調に進捗している。マイクアレイの選定に関しては当初計画通りの高性能な個体を入手することが出来,またホルダの製作やケーブルの処理など,実用に際しての問題点も一つずつクリアすることが出来た。マイクからPCまでの一連の収録システムが非常にコンパクトに構成できたため,さまざまな音場の収録が容易に行える体制が構築できた。 再生システムの更新は次年度以降の予定であるが,本年度は従前のシステムを用いてさまざまな検討を行うことが出来た。まずは音場再生手法の性能評価に関する検討である。学生が自主的に製作した96個のMEMSマイクをグリッド状に配置したアレイを用いて,原音場と再生音場の波面を直接的に測定し,比較する手法を確立することが出来た。この手法は音場の可視化という意味でも大きな成果であり,今後も継続的に利用し,精度を高めることを試みたい。 当初の研究計画では最後のフェーズで予定していた映像情報とのリンクについても,大幅に前倒しして検討を開始した。具体的には,スピーカアレイの前面に円筒状のスクリーンを布を用いて製作し,この全周に360度パノラマカメラで収録した動画を投影するシステムの構築を試みている。プロジェクターを3台用いたシステムであり,予備的な検討によれば,非常に効果的な映像情報提示が可能であることが示唆されている。今後臨場感の定量化に関して,映像の有無を含めて系統的な検討を行う所存である。 現在のところ,従前の再生システムを用いた検討を行っているが,これをどの様に進化させて更新するかを慎重に検討している。移動や設置の容易さを主眼にしたコンパクトさと,再生性能は必ずしも両立しない。この点の解決が重要であると認識している。
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今後の研究の推進方策 |
システムの構築に感しては,前述のように収録システムはほぼ完成している。再生システムに関しては,マイクと同数のスピーカを用いることを候補に検討を行っているが,具体的にどの様に配置するか,応用の場面を想定しながら検討を行う。いわゆるシステム構築のための要素技術の確定はほぼ終了の段階であるが,初年度の検討で,特に低周波数においては収録・再生のマイク・スピーカ数を削減することでより精密な音像が再現できる可能性も示唆されており,このような点に関して慎重に検討を進める予定である。 また今後は,研究計画書に記載の通り,音場再生システムによる工学的な超臨場感の実現と芸術的な表現力,応用力の両立を意識しながら,さまざまな場面への適用,応用に積極的に取り組みたい。工学的な超臨場感に関しては,極端な音場の例として完全拡散に近い状態をどの程度実現できるのか,その計測・評価手法の確立や実現のためのシステム設置場所の条件の明確化などの課題に関して系統的に取り組む。これまでに行なっている予備的な検討では,多くのチャンネルから無相関なノイズを放射し,さらに逆フィルタで自由音場の特性を再現することで高い拡散性能を実現できることが明らかになっている。如何にコンパクトに,使いやすい状況を実現できるか,工夫を取り入れた設計を行いたいと考えている。同時に音響材料の吸音率計測の手法開発など,有効な応用に関しても検討を進める。 芸術的な表現力の強化に関しては,システムを用いることで仮想のアンサンブルがどの程度再現できるのか,といった内容に加えて,如何に精密に音楽聴取の場を再現できるかという,オーソドックスな課題にも継続的に取り組んでいきたい。音楽家や音楽制作者からの批評,意見を多く取り入れることに留意したい。また実績の概要にも示した騒音環境の再現に関しても,工学的と芸術的の中間の課題として取り組んでいきたい。
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