研究課題/領域番号 |
17H01057
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
福谷 克之 東京大学, 生産技術研究所, 教授 (10228900)
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研究分担者 |
Dino Wilson 大阪大学, 工学研究科, 准教授 (60379146)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | スピン / 偏極 / 金属酸化物 |
研究実績の概要 |
本研究では,固体表面での水素原子および水素分子の散乱におけるスピン状態分布をレーザー分光法を用いて観測することで,水素と表面との相互作用の詳細を明らかにし,散乱におけるスピン緩和・回転機構を解明するとともに,固体表面のスピン状態解析を目指して研究を行っている.本年度は,水素分子線散乱装置について,分子線―光脱離計測によるPd(210)表面での高速オルトパラ転換の直接測定,水素原子線散乱装置について投影型スピン計測装置の開発,金属表面へのシクロヘキサン吸着,酸化物表面の水素吸着としてTiO2への準安定水素化状態の形成と解析を行った. Pd(210)表面に水素が化学吸着した系について,パルス分子線と脱離レーザー光と時間差をms精度で制御し,共鳴イオン化レーザーと組み合わせて,回転状態(J)ごとの表面での緩和時間計測を行った.J=1の状態は~2s程度で減少するのに対して,J=0の状態は増大することを見出した.これらの実験結果から,化学吸着状態にある水素のオルトーパラ転換時間の解析に成功した.この結果は,理論計算の結果と一致することを見出した.さらに回転状態ごとの緩和曲線を解析し,回転状態分布が変化している可能性を指摘した.投影型スピン計測装置について,シュテルンゲルラッハ分光器で空間分離したスピン状態を投影して計測するためのレンズ系,検出系の整備を行った.スピン偏極水素原子線の応用として,水素キャリアーとして注目されるシクロヘキサンの水素化過程を調べるために,まず表面へのシクロヘキサンの吸着状態解析を行い,多層吸着および単層吸着温度の明らかにした.アナターゼ型TiO2ついて,水素イオンを用いた水素化を行い,電子状態の解析を行った.水素原子吸着の場合とは異なり,ギャップ中に局在準位が観測され,スピンが生き残った状態が存在する可能性を見出した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
水素分子散乱装置について,光脱離レーザーと共鳴イオン化レーザーの同期による飛行時間スペクトル測定とパルス分子線と光脱離レーザーとの同期による表面滞在時間制御に成功し,当初の目的であった高速オルトーパラ転換時間測定を実現した.当初は,分子線パルスと光脱離レーザーとの同期の不安定性,光脱離レーザーのドリフトなどが問題となったが,パルス制御系の改良などにより克服した.開発した装置を用いて,懸案となっていたPd(210)表面に化学吸着した水素の転換時間を明らかにし,理論計算とよく一致することを示した.スピン偏極水素原子線装置について,前年度までに飛行時間スペクトルの測定と6極磁石によるビーム収束特性評価に成功しており,さらにこのビームのスピン偏極度を精密かつ高速に計測可能な計測系の開発を行った.シュテルンゲルラッハ磁石は予定通り導入され,これを用いてスピン状態の異なる水素を空間的に分離しそれを投影して観測する装置の開発を進めた.イオン計測の動作は確認済みであるが,プラズマ水素源からの紫外光が計測系に混入しノイズとなることが判明した.水素化反応への応用を考慮し,チョッパーを所定の位置に静止させ,必要な時には連続ビームにすることを可能にした.水素化反応のための表面試料についても,清浄化,シクロヘキサンの吸着特性評価などを終了した.アナターゼ型TiO2に吸着した水素は電子供与によりLarge Polaronを形成することを明らかにしてきたが,水素イオンを用いることで,2種類の状態が共存する表面の形成に成功しており,今後詳細な解析を進めることとした. いくつか予期しない問題が見つかる一方で,部分的には計画以上に進んだところもあり,全体として計画通り順調に進んでいる.
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今後の研究の推進方策 |
パルス水素分子線と光脱離を組み合わせた装置が完成したことを踏まえ,現在着手しているPd(210)表面に化学吸着した水素に加え,試料準備・評価が終了したTiO2について,高精度スピン転換時間計測を行う.水素吸着量依存性,基板温度依存性を測定し,最近提案されている理論モデルの検証を行うとともに,表面スピン密度の解析を行う.結晶多型効果,電子の空間的局在度とスピン密度との相関,について,第一原理計算も併用し,考察する.スピン偏極水素原子線について,開発を行っているシュテルンゲルラッハ磁石―共鳴イオン化―投影型検出器の動作を確認し,高感度カメラを用いてビームのスピン偏極度を測定する.本年度顕在化したプラズマ水素源からの紫外光について,ビームストッパの設置,および速度選択型ビームチョッパーの開発により,当該問題の解決を試みる.速度選択型として,縦型ダブルスリット型と横型円形スリットの2種類を検討しており,両方の開発を並行して進める.このビームを用いて,前年度に準備を行ったシクロヘキサンの水素化過程を調べる.また,最近ドイツのグループからグラフェンでの水素原子線散乱の研究結果が報告されたことを踏まえ,同じ系でのスピン偏極原子散乱実験に取り組む.彼らの報告によると,2種類の散乱様式が存在することが示されており,それぞれの過程でのスピン緩和計測に取り組む.水素分子線によるスピン転換実験を行うTiO2表面についてもスピン偏極水素原子散乱実験を行い,散乱によるスピンの緩和・回転の計測を行う.理論計算結果もあわせて,金属酸化物およびグラフェン表面の電子・スピン状態を明らかにするとともに,表面でのスピン緩和機構の解明を行う.
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