研究課題/領域番号 |
17H01139
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
佐藤 宇史 東北大学, 理学研究科, 教授 (10361065)
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研究分担者 |
相馬 清吾 東北大学, スピントロニクス学術連携研究教育センター, 准教授 (20431489)
中山 耕輔 東北大学, 理学研究科, 助教 (40583547)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 原子層物質 / エネルギーバンド |
研究実績の概要 |
本年度は、原子層高温超伝導体やスピン軌道相互作用に由来した特異な電子構造を持つ新奇原子層物質を開拓することを目的として、多チャンネルスピン分析器の調整や新奇原子層物質の薄膜作製とその電子状態決定を行った。 スピン検出効率を改善させるために高輝度紫外光源を調整した結果、高い統計精度とエネルギー・運動量分解能の実現によって、いくつかの原子層薄膜において微細電子構造を精度よく決定することに成功し、物性発現機構と電子状態との関係についての知見を得た。 よく知られたCDW物質である1T-TaS2上に分子線エピタキシー法によって作製したBi薄膜においては、膜厚の減少に伴い、結晶構造が(111)から(110)に構造相転移することを明らかにした。TaS2上のBi(110)においては、フェルミ準位近傍で直線的な分散を示すディラック型電子バンドにエネルギーギャップを観測した一方で、Si上のBi(110)では、そのようなギャップは観測されなかった。このことから、これまで用いられてきたどの手法とも異なる「CDW近接効果」によってディラック電子の質量が制御できる、という新しい概念を提案した。 遷移金属ダイカルコゲナイド1T-VSe2の 単原子層薄膜の育成に成功し、フェルミ面とバンド構造を精度良く決定した。その結果、この物質のCDW転移温度がバルクに比べ大幅に上昇し、さらにCDW転移温度より高い温度において、「擬ギャップ」と「フェルミアーク」と呼ばれる特異な電子状態が実現していることを明らかにした。さらに、フェルミ面のネスティングが良い波数領域で異方的な擬ギャップが存在し、その振る舞いが銅酸化物高温超伝導体とよく類似していることから、反強磁性相互作用が無い場合でも銅酸化物高温超伝導体と類似の擬ギャップが現れる可能性を初めて明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
スピン分解光電子分光装置の改良・調整においては、スピン効率の改善のための高輝度励起光源系の開発が進み、高いエネルギーおよび運動量分解能での低エネルギーARPES実験が行えるようになった。また、 スピン軌道相互作用の強いBiとCDW物質TaS2の原子層薄膜では、ディラック電子の質量を基板のCDWの有無によって制御できることを初めて明らかにした。さらにVSe2原子層薄膜においては、フェルミ面のトポロジーがCDWなどの物性に密接に関係していることを明らかにした。この結果は、フェルミ面のトポロジー制御に基づいた原子層物質の開拓が、新しい物性機能発現に向けて重要であることを示したものである。以上のことから、本研究は概ね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
上記の研究をひき続き発展させるとともに、さらに以下に示す研究も進める。 (1)スピン検出器の開発:電子レンズ系の電圧調整、励起光源系のビームフォーカスの向上などにより、スピン分解時の検出効率とエネルギーおよび運動量分解能を大幅に向上させ、定常的に高分解能測定ができるようにする。 (2)磁性薄膜ターゲットの作製:多チャンネルスピン分析には大面積のターゲットが必要となるため、均一かつ高いスピン検出効率を持つターゲットの成長方位、成長基板、膜厚などの最適化を行い、高効率のスピン分解測定を実現する。 (3)界面超伝導:ともに超伝導を示さないトポロジカル絶縁体Bi2Te3および鉄系超伝導体母物質FeTeの接合によって発現する超伝導の仕組みを明らかにするために、Bi2Te3/FeTeの高品質ヘテロ構造を作製し、Bi2Te3の膜厚変化による電子状態の変調を明らかにする。とりわけ、膜厚の薄い領域における界面付近の電荷移動に着目し、ディラック電子状態を利用したトポロジカル超伝導の可能性を明らかにする。 (4)二次元モット絶縁相: 1T構造をもつ遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)薄膜である1T-TaSe2および1T-NbSe2において、キャリア注入、レーザーによる光励起、熱励起などによってモット絶縁状態を変調させた際のフェルミ準位近傍の電子状態の変化を捉えることで、モット絶縁相の出現条件および安定性と系の次元性との関連を明らかにする。 (5)新奇半金属相:半金属的な電子構造を持つ遷移金属ダイカルコゲナイドにおけるアルカリ金属インターカレーションによって表面近傍における次元性を制御し、スピン軌道相互作用と次元性との関連を明らかにする。さらに、極低温における超伝導ギャップ測定によって、電子キャリアドープに伴う超伝導発現の可能性を明らかにする。
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