研究課題/領域番号 |
17H01142
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
田中 秀数 東京工業大学, 理学院, 教授 (80188325)
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研究分担者 |
栗田 伸之 東京工業大学, 理学院, 助教 (80566737)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | スピン系 / 量子相転移 / 量子相 / フラストレーション / 量子効果 / 磁気励起 |
研究実績の概要 |
スピン1/2の籠目格子量子反強磁性体Cs2Cu3SnF12の磁気励起の詳しい解析を,スピノン励起に基づく理論と比較しながら行った。その結果,我々がCs2Cu3SnF12で観測した励起スペクトルに,スピノン励起に特有の高エネルギーまで続き,強度の波数依存性が殆どない連続励起の特徴が明瞭に現れていることを確認した。また,スピン1/2の籠目格子量子反強磁性体の低エネルギー励起に特徴的な拡張したBrillouin 帯のΜ点から立ち上がる強い連続励起がCs2Cu3SnF12にあることを確認した。 新規擬1元反強磁性体Cs2LiRuCl6を合成し,結晶構造の決定と低温磁性の詳細な研究を行い,論文で発表した。Ru3+のg値の異方性は,Ru3+を囲むはCl-八面体の三方対称伸び変形を反映して,Kitaev模型の候補物質であるα-RuCl3と対照的であることが分かった。この結果はα-RuCl3の実験結果を解析する上で参考になるものである。 α-RuCl3はKitaev模型の有力な候補物質であるが,その低エネルギー励起は詳しく分かっていなかった。我々はJAEAグループと共同でα-RuCl3の純良単結晶1個を用いた中性子散乱実験を行い,低エネルギー励起スペクトルを詳しく測定した。これにより,これまでに報告されている結果より詳しい低エネルギー励起の構造が分かった。 スピン1/2三角格子量子反強磁性体とIsing的な蜂の巣格子反強磁性体の2つのサブシステムAとBからなる磁性体Ba2CoTeO6の磁気励起の解析を行い,蜂の巣格子反強磁性体であるサブシステム Bのスペクトルをスピン波理論で再現し,交換相互作用の詳細を明らかにした。更に,スピン1/2三角格子量子反強磁性体であるサブシステムAのBraggピークが逆格子平面内で点ではなく線になることから,磁気秩序が準2次元的であることを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
スピン1/2の籠目格子量子反強磁性体のモデル物質は幾つか知られていたが,結晶格子に不純物などによる不規則性がある系や磁性イオンの電子軌道の異方性のために籠目格子反強磁性体から大きく異なる系が殆どあった。Cs2Cu3SnF12では構造相転移はあるが格子の不規則性が無い系である。この系で観測された理論が示すスピノン励起に特徴的な連続的励起は,実験的に初めて得られた結果であり,籠目格子量子反強磁性体の素励起を理解する重要な一歩である。我々は2017年に,スピン1/2の三角格子ハイゼンベルク反強磁性体のモデル物質Ba3CoSb2O9の磁気励起の全体像を明らかにする論文を発表した。スピン1/2籠目格子量子反強磁性体は三角格子量子反強磁性体と並ぶ代表的なフラストレート量子反強磁性体であるので,その素励起の本質に迫る本成果は磁気物理学の進展に資する重要な成果であると判断される。スピン1/2の三角格子ハイゼンベルク的反強磁性体をサブシステムにもつBa2CoTeO6の磁気励起の実験からBa3CoSb2O9で観測された磁気励起スペクトルは,スピン1/2の三角格子ハイゼンベルク反強磁性体に普遍的なものであることを示したことも,フラストレート量子反強磁性体の素励起の本質を解明する重要な成果と位置付けられる。 α-RuCl3はKitaev模型の有力な候補物質で,世界的な研究が展開されている。α-RuCl3の磁気は磁場方向に大きく依存した強い異方性を持つが,その原因がg値によるものか,相互作用の異方性によるものなのか決着が着いていなかった。Cs2LiRuCl6において,八面体RuCl6の歪みによってg値に大きな異方性が生じ,これが磁気特性に大きな異方性をもたらすことが分かったことは,α-RuCl3における異方性の原因がg値にあることを示すもので,α-RuCl3のデータの解析に大きく資する成果である
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今後の研究の推進方策 |
次年度は最終年度なので,籠目格子量子反強磁性体Cs2Cu3SnF12とRb2Cu3SnF12の磁気励起の解析を完成させ,論文にまとめる。続いて,スピン1/2三角格子量子反強磁性体とIsing的な蜂の巣格子反強磁性体の2つのサブシステムからなるBa2CoTeO6の磁気励起の解析を完成させ,論文にまとめる。 中性子非弾性散乱実験で得られたKitaev模型の候補物質α-RuCl3の低エネルギー磁気励起のデータを最近の理論と照合しながら,詳しい解析を行う。また,これまでに行ってきたα-RuCl3の強磁場ESRのデータ解析も同時並行で行い,α-RuCl3の磁気パラメーターの決定と磁場中スピン状態の解明を行う。 Ba3CoSb2O9はスピン1/2三角格子ハイゼンベルク反強磁性体の良いモデル物質であるが,弱い容易面型異方性と弱い反強磁性的面間相互作用のために,磁場中で磁場方向に依存する逐次量子相転移を起こすことが理論的に予測されている。次年度は,磁場と結晶のc軸の角度を系統的に変化させて,磁場中量子相転移を観測し,磁気相図を完成させる。また,理論家の協力を得て解析を行い,磁場中量子相転移の全容解明を目指す。 新しい物理概念は新物質から生まれることが多いので,新規フラストレート量子磁性体の開拓を引き続いて精力的に行う。
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