研究課題/領域番号 |
17H01151
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研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
保坂 一元 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 計量標準総合センター, 副研究部門長 (50462859)
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研究分担者 |
洪 鋒雷 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 教授 (10260217)
鈴山 智也 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 計量標準総合センター, 主任研究員 (30359111)
小林 拓実 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 計量標準総合センター, 主任研究員 (40758398)
稲場 肇 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 計量標準総合センター, 研究グループ長 (70356492)
赤松 大輔 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 計量標準総合センター, 主任研究員 (90549883)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | Yb光格子時計 / Sr光格子時計 / 周波数比 |
研究実績の概要 |
本研究のテーマは光周波数標準を用いた高精度な時系(光時系: optical time scale)を構築し、光周波数標準が国際原子時(TAI)へ貢献可能な事を実証することである。光周波数標準としてYb光格子時計を用いる。また、連続運転発振器として、水素メーザーを用いることにした。光格子時計を基準に、水素メーザーを定期的にステアリングし、水素メーザーとTAIをリンクする。この方法により従来よりも高安定な時系の構築を目指す。
本研究の課題の一つは、光格子時計の長期運転の実現である。光格子時計は多数の光源から構成される複雑な装置であり、長期連続運転が難しい。2019年度は、光時系構築のためにこれまで開発を進めてきたYb光格子時計の半年間稼働率80 %の準連続運転に成功した。これは世界初の成果であり、光時系構築に向けた大きなハードルを乗り越えることができた。
その後、2019年度の半年間の準連続運転のデータ解析を行い、Yb光格子時計を用いたTAIの校正値を算出した。この結果を、メートル条約関連会議傘下の周波数標準作業部会に提出した。数ヶ月に及ぶ審査の後、Yb光格子時計によるTAIの校正が承認された。また、半年間のデータを使って、Yb光格子時計の絶対周波数を5×10^-16で決定した。さらに、当グループのSr光格子時計を断続的に稼働し、Yb/Sr周波数比を不確かさ4×10^-16で決定した。これらの結果により、時間周波数諮問委員会における秒の2次表現の勧告値の決定に貢献した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
2019年11月、Sr/Yb光格子時計の比較測定(時計遷移周波数の比の測定)を開始したが、当初の予想に反し、周波数安定度の低下が発覚し、Sr/Yb光格子時計の比較測定を中断した。2019年12 月から周波数安定度低下の原因究明に取り組み、光周波数コムの繰り返し周波数の制御に使用されている逓倍器が故障している事が判明した。研究遂行上、新しい逓倍器が不可欠のため、Sr/Yb光格子時計の比較測定の前にYb光格子時計の連続運転を先行して行う事とした。
2020年度、繰り越し予算で新しい逓倍器を購入後、Sr/Yb光格子時計の比較測定を再開した。Sr光格子時計では、多くの改良を行ったおかげで、光格子時計自身の不確かさを約1 ×10^-16まで低減する事に成功した。その結果、SrとYbの時計遷移周波数の比の不確かさは、4 ×10^-16となり、前回の測定より3倍以上不確かさを低減することに成功している。この研究成果は、学術論文にまとめ発表した。さらに、これらの結果は、時間周波数諮問委員会における秒の2次表現の勧告値の決定に貢献した。
計量研究所として責任をもって定常的に国際原子時(TAI)に貢献し続けるためには、Yb光格子時計が長期間正しく時刻を刻むことが求められる。その意味で、Yb光格子時計の周波数値を自分たち自身で確認する手段が不可欠である。短期の周波数安定度に優れた光時計との比較であれば、常時ではなく離散的な比較でもその目的を果たす事が出来る。Sr/Yb光格子時計の比較測定によるYb光格子時計の監視体制が実証できたことはより堅牢なシステム構築に向けて大きな一歩となった。
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今後の研究の推進方策 |
2020年10月、2021年3月に開催されたメートル条約関連会議傘下の時間周波数諮問委員会において、秒の再定義に向けたロードマップが議論された。そこでは、光時計による国際原子時(TAI)への貢献が重要な課題の一つとして位置づけられている。また、現在の光時計の稼働率が、セシウム原子泉型一次周波数標準器の稼働率と比較して著しく低いことが指摘され、秒の定義改定に向け今後光時計の稼働率の大幅な向上が必要であるとの見解が示された。同様の問題意識に基づき、欧州の計量研究機関が中心となり長期連続運転に適した光時計を開発する共同研究プロジェクトが開始されている。
本研究課題で開発したYb光格子時計の稼働率は、他国の光時計の稼働率を圧倒的に凌駕しており、現時点で他の追随を許していない。その意味においてコミュニティに大きなインパクトを与え、秒の定義改定に向けて意義のある一歩を踏み出したと言えよう。しかしながら、実際にTAIに継続的に貢献し、世界の時系を維持する責務を果たすためには更なる研究開発が必要になることは間違いない。本研究課題を推進する中で多くの知見を得る事が出来ており、連続運転における問題点も明らかになってきた。例えば、様々なレーザーを24時間365日連続して使用し続けることで、何が消耗するかという事も明らかになってきた。また、地震などによる地面振動、台風通過に伴う気圧の変化、実験室インフラの不具合・定期的メンテナンスによる影響といった外的要因による影響も明らかになり、今後対応していく必要がある。
更に、光時系の維持という観点では、今後水素メーザーに代わる光連続運転発振器の開発が必要になるであろう。安定で持続可能な光連続運転発振器を開発し導入することで、本当の意味での光時系が完成すると考えられる。
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