細胞老化の統合的理解による発がん制御機構の解明

2017 年度 実績報告書

• 研究課題/領域番号: 17H01398
• 研究機関: 東京大学
• 研究代表者: 中西 真 東京大学, 医科学研究所, 教授 (40217774)
• 研究期間 (年度): 2017-04-01 – 2020-03-31
• キーワード: 老化細胞 / 発がん / メタボローム / Glutaminolysis / TCA回路

研究実績の概要

最近の研究から、老化細胞が様々な形で個体のがん化に関わっている事が提唱されている。老化細胞は恒久的な増殖停止を特徴とするため、細胞老化誘導そのものは個体のがん防御機構として機能するが、一方老化細胞は様々な増殖因子やサイトカインを分泌して周囲の細胞の発がんを促進する。従って、個体のがん化を考えた場合、細胞老化誘導を抑制する事なく、個体から速やかに老化細胞を除去する事が望ましいと考えられる。申請者らは、老化細胞を特異的に致死誘導する事で個体のがん化を抑制する技術の開発を行った。まず、老化細胞特有の性質を解析するため、薬剤を用いた細胞分裂期回避を誘導する方法で外的刺激のない純化老化細胞調整法を確立した。これらの純化老化細胞を用いて詳細なメタボローム解析を行ったところ、老化細胞ではATPを解糖系ではなく、主にTCA回路を利用して産生している事が分かった。さらに興味深いことに老化細胞ではミトコンドリアの機能不全が原因でアコニターゼ活性が顕著に抑制されており、クエン酸からイソクエン酸への変換が抑制されている事が分かった。従って、TCA回路を介したATP産生のための炭素源はGlutamineに由来していると考えられた。実際、Glutaminolysisを触媒する律速酵素であるGLS1の発現は老化細胞で顕著に増加しており、またGLS1阻害剤であるBPTESで細胞を処理したところ、若い細胞の増殖にはほとんど影響を与えなかったが、老化細胞に特異的に致死を誘導した。重要なことにGlutaminolysis阻害による老化細胞致死誘導は加齢マウス個体においても認められたため、本技術が加齢個体から得意的に老化細胞を除去し、発がんを抑制する可能性が示唆された。次年度では様々な老年病発症モデル動物を用いてさらに詳細に解析を加える予定である。

現在までの達成度 (区分)

1: 当初の計画以上に進展している

理由

生体加齢個体からの老化細胞除去技術・薬物は、発がん予防のみならず様々な老化・老年病発症を抑制できるため、健康長寿延長に無限の可能性を秘めたものと捉える事ができる。当初、老化細胞特異的に致死性を誘導する技術の開発は、老化細胞は増殖しないが正常細胞である点を考慮すると非常に困難であると予想していた。しかしながら、本研究の成果として外的刺激のない純化老化細胞が樹立できたことにより、Glutaminolysisの抑制という比較的容易な技術で個体から老化細胞が除去できるという結果を得る事ができた点は、当初の予想を大きく上回る成果であると考えている。

今後の研究の推進方策

今年度の研究成果として、Glutaminolysis阻害剤により個体内から老化細胞を特異的に除去できる結果を得たことから、次年度においては炎症誘導発がんモデルマウスや、様々な発がん促進マウスを用いてGlutaminolysis阻害剤投与により発がん抑制効果が見られるかどうか解析を行う。さらに、動脈硬化モデルマウス、糖尿病マウスや骨粗鬆症モデルマウス等を用いてGlutaminolysis阻害剤投与の老年病発症における抑制効果についても解析を加える。またGlutaminolysis阻害剤投与による寿命の延長について解析を開始する予定である。

研究成果

• [雑誌論文] Usp7-dependent histone H3 deubiquitylation regulates maintenance of DNA methylation. (2017)
  • 著者名/発表者名: Yamaguchi, L., Nishiyama, A., Misaki, T., Johmura, Y., Ueda, J., Arita, K., Nagao, K., Obuse, C. and Nakanishi, M.
  • 雑誌名: Sci Rep 巻: 7 ページ: 55
  • DOI: 10.1038/s41598-017-00136-5.
  • 査読あり / オープンアクセス
• [雑誌論文] Structure of the Dnmt1 Reader Module Complexed with a Unique Two-Mono-Ubiquitin Mark on Histone H3 Reveals the Basis for DNA Methylation Maintenance. (2017)
  • 著者名/発表者名: Ishiyama, S., Nishiyama, A., Saeki, Y., Moritsugu, K., Morimoto, D., Yamaguchi, L., Arai, N., Matsumura, R., Kawakami, T., Mishima, Y., Hojo, H., Shimamura, S., Ishikawa, F., Tajima, S., Tanaka, K., Ariyoshi, M., Shirakawa, M., Ikeguchi, M., Kidera, A., Suetake, I., Arita, K. and Nakanishi M.
  • 雑誌名: Mol Cell 巻: 68 ページ: 350-360
  • DOI: 10.1016/j.molcel.
  • 査読あり
• [雑誌論文] Exon 7 splicing variant of estrogen receptor α is associated with pathological invasiveness in smoking-independent lung adenocarcinoma. (2017)
  • 著者名/発表者名: Suzuki, A., Okuda, K., Yano, M., Oda, R., Sakane, T., Kawano, O., Haneda, H., Moriyama, S., Nakanishi, M. and Nakanishi, R.
  • 雑誌名: Oncol Lett 巻: 14 ページ: 891-898
  • DOI: 10.3892/ol.2017.6216. Epub
  • 査読あり / オープンアクセス
• [雑誌論文] The G2 checkpoint inhibitor CBP-93872 increases the sensitivity of colorectal and pancreatic cancer cells to chemotherapy. (2017)
  • 著者名/発表者名: Iwata, T., Uchino, T., Koyama, A., Johmura, Y., Koyama, K., Saito, T., Ishiguro, S., Arikawa, T., Komatsu, S., Miyachi, M., Sano, T., Nakanishi, M. and Shimada, M.
  • 雑誌名: PLoS One 巻: 12 ページ: 1-13
  • DOI: 10.1371/journal.pone.0178221. eCollection
  • 査読あり / オープンアクセス
• [雑誌論文] A combination of genetic and biochemical analyses for the diagnosis of PI3K-AKT-mTOR pathway-associated megalencephaly. (2017)
  • 著者名/発表者名: Negishi, Y., Miya, F., Hattori, A., Johmura, Y., Nakagawa, M., Ando, N., Hori, I., Togawa, T., Aoyama, K., Ohashi, K., Fukumura, S., Mizuno, S., Umemura, A., Kishimoto, Y., Okamoto, N., Kato, M., Tsunoda, T., Yamasaki, M., Kanemura, Y., Kosaki, K., Nakanishi, M. and Saitoh, S.
  • 雑誌名: BMC Med Genet 巻: 18 ページ: 4
  • DOI: 10.1186/s12881-016-0363-6.
  • 査読あり / オープンアクセス
• [学会発表] Molecular coupling between DNA methylation maintenance and DNA replication. (2017)
  • 著者名/発表者名: Makoto Nakanishi
  • 学会等名: L'Institut Curie
  • 国際学会 / 招待講演
• [学会発表] Molecular coupling between DNA methylation maintenance and DNA replication. (2017)
  • 著者名/発表者名: Makoto Nakanishi
  • 学会等名: University of Copenhagen
  • 国際学会 / 招待講演
• [学会発表] Mechanism of senescence induction and maintenance and their role in aging (2017)
  • 著者名/発表者名: Makoto Nakanishi
  • 学会等名: 東北大学研究推進・支援基地の創出センター/Aging Science: from Molecules to Society
  • 国際学会
• [学会発表] エピゲノム修飾を介したオートファジー制御とがん (2017)
  • 著者名/発表者名: 中西 真
  • 学会等名: がんシリーズ第６回 エピゲノム情報に基づくがんの制御
• [学会発表] 細胞老化と前立腺疾患 (2017)
  • 著者名/発表者名: 中西 真
  • 学会等名: 第２０回 UPTシンポジウム
• [図書] 実験医学 2017年9月号 (2017)
  • 著者名/発表者名: 城村 由和 中西 真
  • 総ページ数: 6
  • 出版者: 羊土社
  • ISBN: 978-4-7581-0167-7