研究課題
今年度は1955年~2013年の59年間にわたり夏季南東部ベーリング海陸棚域にて同一の方法 (NORPAC netの鉛直曳き) により採集されたホルマリン固定動物プランクトン試料に基づき、その湿重量バイオマスの経年変化を明らかにした。バイオマスの経年変動は、海洋環境指標 (PDO、NPI、冬季の海氷範囲、春季の海氷融解期、春季の風応力、南北風、強風の頻度、躍層強度、躍層以浅と躍層以深の水温および塩分、躍層水深) との相関を分散分析により評価した。また海洋環境指標 (PDO、春季の海氷融解期、南北風、躍層強度、躍層以浅と躍層以深の水温および塩分) を用いてStructural Equation Modeling (SEM) 解析も行った。動物プランクトン湿重量バイオマスはmiddle shelfとouter shelfともに経年的な有意差がみられ、気候レジーム毎に偏差が正と負に交互に変化していた。動物プランクトン湿重量バイオマスに直接的な相関の見られたパラメータは、middle shelfでは、NPI、躍層強度、春季の風応力および海氷融解時期の4パラメータであった。一方outer shelfでは、躍層以浅の水温、冬季の海氷範囲および春季の海氷融解期の3パラメータが有意な関係を持っていた。これらの結果は現在、論文原稿にまとめつつある。また本研究により導入したZooScanを本格運用し始め、海洋酸性化の影響が大きいとされる浮遊性の有殻翼足類Limacina helicinaの個体群構造を、アリューシャン列島ウニマック水道で採集された試料について解析を行った。ウニマック水道におけるL. helicinaの個体群構造は物理的な内部波などにより集められ、他海域では見られないほど高密度分布を形成することが明らかになった。これらの他の研究成果として論文を7報発表した。
1: 当初の計画以上に進展している
当初予定していたベーリング海陸棚域において経年的に採集された動物プランクトン湿重量の解析も順調に進んでいる。また新規に導入した画像イメージング技術であるZooScanも特に問題なく運用できており、当初予定していたベーリング海陸棚域における動物プランクトン試料の測定に留まらず、アリューシャン列島ウニマック水道にて採集された有殻翼足類Limacina helicinaの測定にも応用できることが明らかになった。ZooScanはスキャン台の上に、ホルマリンなどの液浸試料を流し込み、それをスキャンした画像を解析することにより、分類群とサイズを明らかにする機器であるが、有殻翼足類は炭酸カルシウムの殻を持ち、比重が重いことから、スキャン面にしっかりと沈み、正確な種同定とサイズ測定が可能なことが明らかになった。薄い炭酸カルシウム殻を持つ有殻翼足類は、現在進行しつつある海洋酸性化による影響が懸念される分類群で、酸性化が進むと、炭酸カルシウム殻が解けて、個体群の維持が困難になることが懸念されている。本研究では、ZooScanにより有殻翼足類の個体群構造解析をすることにより、ウニマック水道では他海域に見られないほどの高密度分布を形成することを明らかにした。このウニマック水道では他にも、オキアミ類が高密度分布をなし、それを摂餌するために、ザトウクジラや海鳥が蝟集現象をなす、生物学的ホットスポットであることも知られている。同海域において有殻翼足類が他海域に見られないほど高密度分布を形成するのは、物理的な湧昇、内部波の発散によるものであると解釈される。このように、ZooScanにより定量評価することが可能になった有殻翼足類は、ウニマック水道における生物学的トレーサーとして扱うことが可能であり、同水域における海洋物理が生物群集に与える影響を評価する、非常に重要な分類群であることが明らかになりつつある。
本研究を通して、ウニマック水道では通常のカイアシ類を中心とした動物プランクトン群集に加えて、有殻翼足類とオキアミ類Thysanoessa spp.の高密度分布が形成されることが明らかになった。その高密度分布の要因として物理的な湧昇、内部波の発散によるものであると解釈される。これらの動物プランクトン高密度分布のうち、特にThysanoessa属は体サイズが大型で栄養価が高いため、魚類 (スケトウダラ)、海鳥類 (ハシボソミズナギドリ、フルマカモメ) およびヒゲクジラ類 (ザトウクジラ)等、様々な高次生物の餌となっている。本研究を行ったウニマック水道は、海鳥類やヒゲクジラ類が夏季にオキアミ類Thysanoessa属への摂餌を行う重要な海域となっている。これら生物蝟集現象は通称「アリューシャンマジック」と呼ばれ、地元住民の間ではよく知られている現象である。似たような現象として、ベーリング海において強い潮汐流と海底地形の相互作用によりオキアミ類が海面に押し上げられ、そこで海鳥が摂餌を行うことも報告されている (Coyle et al., 1992)。ウニマック水道においては、すり鉢状地形にトラップされたThysanoessa属の高密度分布が、ザトウクジラにより海表面に追いやられ捕食されることにより、そこに海鳥が集まり、高次生物の蝟集現象が起こると考えられる。本研究により、ウニマック水道における動物プランクトン高密度分布形成メカニズムについての仮説が提唱された訳であるが、定量的な確証を得るには至っておらず、今後は物理海洋学から、海鳥や鯨類までを含む、より詳細な検証研究が必要であるといえる。今後は上記仮説に沿って、有殻翼足類やオキアミ類の高密度分布を生物学的なトレーサーとして、物理海洋学的なモデル解析を行う予定をしている。
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