研究課題
心臓には心筋細胞のみならず、内皮細胞、線維芽細胞、免疫細胞が存在している。これら細胞の相互作用により、健常時あるいは病態時の心機能が維持されている。心臓の一部が壊死すると炎症が生じ、炎症が起こっている部位ではプロトン濃度の上昇(pHの低下)が観察される。また、虚血時にもプロトン濃度が上昇する。我々は、心筋梗塞時に生じるプロトン濃度上昇の生理的な意味について解析する。生体には、プロトンをリガンドとするGタンパク質共役型受容体(プロトン感知性GPCR)ファミリーが存在し、GPR4はそのメンバーの一員である。GPR4は内皮細胞に強く発現している。ノックアウトマウスの解析から、GPR4が心筋梗塞時に接着因子を発現させ、炎症を制御していることを見出した。壊死によって欠落した部位は、コラーゲンによって補填される。コラーゲンを産生する細胞が筋線維芽細胞であり、組織常在性の線維芽細胞が分化して生じる。in vivoでは線維芽細胞の筋線維芽細胞への分化を制御することができず、筋線維芽細胞の病態時における役割解析は遅れている。我々は、線維芽細胞のみを活性化する手法としてDREADテクノロジーを用い、この問題点を解決する。DREADは合成リガンド(クロザピン-N-オキシド)によってのみ活性化されるGPCRである。GPCRを介した応答はGs、Gi、Gq、G12の4種のGタンパク質ファミリーを介して引き起こされる。G12ファミリーにはG12とG13が含まれ、刺激によりRhoAが活性化される。線維芽細胞でRhoAが活性化されると筋線維芽細胞における分化することから、G13を選択的に活性化するDREADを線維芽細胞に発現させ刺激すると、筋線維芽細胞へ分化を促進できる。このマウスを用い、心筋梗塞時の筋線維芽細胞と内皮細胞や心筋細胞あるいは免疫細胞との相互作用を解析する。
2: おおむね順調に進展している
心臓より単離した内皮細胞を用い、GPR4の刺激がpH依存性に細胞接着因子を発現させることを見出した。GPR4のプロトンが結合すると考えられるHisをAlaに変えた変異体を作製し、アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いてマウス個体での線維芽細胞への発現を試みた。しかしながら、AAVによる発現系は心筋細胞には効果的であるものの、線維芽細胞への感染効率は低く、変異体を発現させることができなかった。そこで、CRIPAR-Cas9システムを用い野生型マウスのゲノムGPR4に対し、プロトンを認識する部位に変異を直接導入する実験に変更した。現在、動物実験の申請中(通常、承認に数か月間を必要とする)である。三量体Gタンパク質のG13を選択的に活性化するDREAD(G13-DREAD)を作製した。G13の活性評価をSRE-ルシフェラーゼ活性にて評価すると、Gqを介する活性化も測定してしまうことから、SRE配列に変異を導入したSRF-RE-ルシフェラーゼ活性にて評価した。また、HEK293A細胞のGαq/Gα11/Gα12/Gα13をCRISPR-Cas9系にてノックアウトさせた細胞を入手することができたことから、この細胞にFlagタグを挿入したGα12およびGα13を発現させSRF-RE-ルシフェラーゼ活性を測定した。この結果、Gα13がGα12よりG13-DREAD刺激によるルシフェラーゼ活性をより強く回復させた。抗Flag抗体を用いて発現量を確認すると、Gα13とGα12の発現量に大きな差はなかったことから、作製したDREADがGα13選択性を示すことが確認できた。G13-DREADを線維芽細胞に発現させるプラスミドを作製中である。このように、おおむね順調に進行している。
心筋梗塞時にGPR4がプロトン濃度の上昇を感知して接着因子の発現を上昇させていること示すためには、プロトン濃度の変化を検知しないHisをAlaに変えた変異体の作用をin vivoで示す必要がある。この目的のために、CRISPR/Cas9を用いて3つの部位に同時に変異を導入する。心筋梗塞時の接着因子の発現や炎症性サイトカインの上昇は、変異を導入したマウスでは減弱することを示す。また、2波長で蛍光を測定することでpH変化を定量することができるプローブを用いて、心筋梗塞時のpHがGPR4を活性化するまでに変化するか検証する。これら2種の実験を行うことで、GPR4がプロトン濃度を検知し接着因子の発現を増加させていることを示す。作製したG13を活性化するDREADをTcf-21プロモーターの下流に組み込み、トランスジェニックマウスを作製する。Tcf-21は線維芽細胞選択的なプロモーターであり、マウスをクロザピン-N-オキシド(CNO)処置し活性化させると、RhoAを介して筋線維芽細胞への分化が促進される。健常時には筋線維芽細胞の分化を抑止する因子が周辺の細胞から分泌されると考えられており、健常なマウスのDREADを刺激して生じた筋線維芽細胞は、CNO処置を中止すると速やかに筋線維芽細胞としての性質を失う(脱分化する)と予想している。マイクロアレイや質量分析の手法さらに単離した細胞での応答解析などにより、筋線維芽細胞を脱分化させる因子を同定する。G12とG13によって活性化されるシグナリング経路は、in vivoでは異なった応答を引き起こすものの解析されてこなかった。G12を活性化するDREADを作製したのち、G13-DREADおよびG12-DREADを経時的に刺激した細胞のリン酸化プロテオミクス解析を行い、G13とG12によって活性化されるシグナリング経路を明らかにする。
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