研究課題/領域番号 |
17H01647
|
研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
山口 徹 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (90306887)
|
研究分担者 |
山野 博哉 国立研究開発法人国立環境研究所, 生物・生態系環境研究センター, 研究センター長 (60332243)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | オセアニア / 北部クック諸島 / プカプカ環礁 / 初期居住 / 天水田農耕 / ジオ考古学 / 気象災害 / 熱帯サイクロン |
研究実績の概要 |
環礁州島の天水田は、地下に滞水する不圧淡水層を利用する農耕である。州島の地下は、更新世石灰岩の上に完新世の礁性堆積物がのっている。どちらも間隙が多く、周りから海水がしみ込んでいるが、州島に降った雨水は海水よりも比重が軽いため、その上に帯水して淡水層を形成する。淡水層の断面はレンズ状をなし、水深はちょうど州島の中央付近で深く、水頭も高くなる。外洋側のストームリッジとラグーン側の浜堤に挟まれた州島中央はもともと低く、環礁に暮らす人々はこうした場所を淡水が湧くまで1-2メートルほど掘り下げて天水田を構築し、サトイモ科根茎類を栽培してきた。環礁社会の生計を支える重要な食料源であり、その耕地である天水田と周囲に積上げられた廃土堤がおりなす起伏の連なりが、単調な州島地形にアクセントを与えている。プカプカの人々は、自然の営力と祖先の営為の絡み合いが生み出したこの景観のなかで暮らしている。 ところで、リモート・オセアニアの環礁では、河川による堆積作用はもちろん、火山噴火による降灰が期待できないため、島民の生活面は過去から現在までほとんど変わらず、考古学にとっては層位発掘が難しいフィールドである。しかし、天水田の掘削によってまわりに積み上げられた廃土の下に、しばしば過去の地表面がパックされている。プカプカ環礁ではこれまでに、4つの天水田の廃土堤で6地点のトレンチ発掘を実施してきた。採取した炭化材の樹種同定を行うことで、ヤシの実の内果皮など短命部位の炭化試料を選択し、AMS法で年代測定を行った。その結果、いずれの地点でも最下文化層は600cal.yr.BP前後の較正年代を示すことが明らかとなった。キリバスのパルミラ環礁から集められた化石サンゴの酸素同位体分析によると、ENSO活動が弱かった時期と考えられており、したがってプカプカの初期居住時期は周辺海域の気候が安定していたと推定できる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
コロナ禍のために2020年8月と2021年8月の現地調査機会を失したことで、予定していたジオ考古学的発掘が実施できなかった。しかし、既存資料の再整理と年代測定の追加実施によって、プカプカ環礁の初期居住時期と、天水田の開発と熱帯サイクロン被害の関係について見通しを得ることはできた。特に、収集していたローカル紙等の文書資料や先行研究を整理することで、20世初頭以降の熱帯サイクロン被害を把握することができた。プカプカ環礁はこれまでに12回にわたってサイクロンの来襲を受け、天水田が越波による塩害を繰り返し被ってきたことを把握した。 これらの成果を含め、2020年9月には英国王立文化人類学会主催の国際会議『人類学と地理学:過去・現在・未来の対話』にて「メッシュワークとしての<アイランドスケープ>をめぐる多分野融合研究」と題したセッションを組織し、国内外から参加した8名の研究発表者とともに、離島の特性について議論した。 なお、2022年8月に現地調査を再度計画したが、コロナ禍のためクック諸島ラロトンガ島までしか渡航できず、プカプカ環礁の現地調査は断念したため、進捗状況は「やや遅れている」と判断した。
|
今後の研究の推進方策 |
島外からの支援や援助が期待できなかった先史期のプカプカ社会は、熱帯サイクロンによる天水田被害の影響をいかに乗り越えてきたのだろうか。コロナ禍によって現地調査が制約されたため、この課題には十分な解答を得るまでには至っていない。温暖化の進行にともなって、気象災害の連鎖と激甚化が今後進むとすれば、過去の熱帯サイクロン被害と復興の歴史を解明することは、離島環礁の脆弱性を適切に判定し、ローカルで自律的なレジリエンスを高めるために役立つはずである。そこで、2022年8月のラロトンガ訪問時に、クック諸島政府に調査許可の2年間延長を認めてもらい、2023年8月のプカプカ再訪を期待しつつ、天水田数の経時的増加と既存天水田の再掘削を検証するジオ考古学的発掘調査、ならびに熱帯サイクロン被害・復興過程の文化人類学的調査の完了を計画した。 一方で環礁社会の比較データ収集のために2021年度繰越科研で予定していた仏領ポリネシアのツアモツ諸島巡検調査については、2022年5月段階でタヒチまでの渡航は可能だったが、その先が不明瞭であり、また8日間程度の短期渡航に限定される可能性が高かったため中止することとし、2021年度科研の再繰越を期し、2023年8月にプカプカ環礁を再調査する計画に切り替えた。 なお、2021年度科研の再繰越は最終的に認められなかったため、本研究課題の継続と推進を今後新たに計画する必要がある。
|