研究課題
気候および健康への影響が懸念される大気中の二次有機エアロゾル(SOA)のオフライン化学分析からはSOAの生成や変質における重合・酸化・分解に関する反応速度論的変数が未知であるため、本研究では生物起源揮発性有機物のテルペン類およびそのモデル化合物のチャンバー実験によってSOA を生成し、新たに開発された加熱脱着粒子前処理プロトン移動反応四重極イオンガイド飛行時間型質量分析計(TD-PTRMS)を用いてSOA 中の有機物を実時間分析しようとしている。H29 年度には、含酸素有機物の単成分粒子を用いたTD-PTRMSの特性評価実験と検量線の評価を行った。エアロゾル噴霧器-分級器またはインクジェットエアロゾル発生器を用いて単一化学組成・単一粒径のエアロゾル粒子を生成した。単成分粒子を生成するための標準物質には、アジピン酸、ピノン酸、酒石酸、クエン酸、フタル酸およびエリトリトールを用いた。それぞれの成分について、TD-PTRMSを用いてフラグメントパターン、加熱応答特性および検量線の測定を行った。化合物によってはプロトン化した有機物が分解する場合があるため、TD-PTRMS を未知化合物に応用するには、フラグメントパターンの情報をあらかじめ知る必要がある。標準物質粒子の加熱応答性の情報は、SOA の測定で検出される未知化合物の同定および揮発性の推定に役立つ。また、標準物質粒子の検量線はSOAの測定で検出される未知化合物の濃度推定に役立つ。TD-PTRMSを用いてフラグメントパターン、加熱応答特性および検量線の測定が得られたことは、今後に計画している二次有機エアロゾル生成のラボ実験や大気観測への応用につながる成果であると考えられる。
3: やや遅れている
H29 年度の研究計画では、含酸素有機物の単成分粒子を用いたTD-PTRMS の特性評価実験と検量線の評価を行い、年度の後半にはテルペン類のモデル化合物である環状アルケン類のチャンバー実験を行うことになっていた。概要に述べたように含酸素有機物の単成分粒子を用いたTD-PTRMS の特性評価実験と検量線の評価は計画通り行ったが、環状アルケン類のチャンバー実験は行うことができなかった。理由は、(1)PTRMSの電源、PTRMSのダイアフラムポンプ、TDのヒーターの故障などにより進捗が3~4か月遅れたためおよび(2)加熱脱着装置の性能評価に時間がかかったためである。評価の結果、バッチ型の加熱脱着装置の基本性能が想定以上に低いことが明らかになりフロー型を採用することになった(バッチ型およびフロー型の加熱脱着装置に関する説明は後述)。性能評価に時間がかかったのは、バッチ型を棄却する結論に至るまで様々な可能性をチェックする必要があったためである。バッチ型およびフロー型の測定とは、以下に説明する通りである。TD-PTRMSは有機エアロゾル粒子を加熱し気化した分子を分析する。加熱には、バッチ型およびフロー型の2通りの方法がある。バッチ型では、サンプルガス中の0.5 μm 以下の粒子をマイクロオリフィスインパクターに一定時間捕集した後、キャリアガスを窒素に切り替えてインパクターを25~180℃の特定温度に加熱し気化した有機物を分析する。測定終了後は、液体窒素を用いてインパクターを迅速に室温まで冷却し次の測定サイクルに移行する。バッチ型の時間分解能は約30分である。フロー型では、サンプルガスを特定温度の管型加熱器に通すことによって粒子を加熱気化して分析する。フロー系の時間分解能は1分程度であるが、ガスと粒子の有機物を分けずその総和を測定する。
H30年度には、H29年度の後半に予定していた環状アルケン類のチャンバー実験に加え、当初からH30年度に計画していた研究を行う。当初からH30年度に計画していた研究は、環状アルケン類の実験データ解析、モノテルペン類のチャンバー実験、およびモノテルペン類のデータの解析である。本年度の研究で時間がかかるのはチャンバー実験である。しかし、課題代表者はこれまで長くチャンバー実験の経験を積んでおり、チャンバー実験に関しては、問題が生じた場合にも対応のノウハウがあるため、初年度とは異なり、本年度は概ね計画通りに研究が進むと期待される。本研研究費で雇用しているポスドク研究員の協力により、当初の計画よりもチャンバー実験およびデータ解析にかける時間を増やすことによって、H30年度内にはH29年に生じた遅れを取り戻す計画である。
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Atmospheric Chemistry and Physics
巻: 18 ページ: 5455-5466
https://doi.org/10.5194/acp-18-5455-2018
https://www.nies.go.jp/researchers/100110.html