研究課題
S-KOマウスにおける代謝制御を解析することにより、口腔(甘・旨・苦味細胞)および消化管 (刷子細胞 (Tuft cell))の化学受容細胞の役割を明らかにすることを目的に実施し、下記の成果を得た。1. S-KOマウスの表現系:高脂肪食(HFD)で26週間飼育したS-KOマウスの体重はWTマウスに較べ有意に減少した。白色脂肪、肝臓の組織重量は有意に減少、一方、褐色脂肪組織重量は有意に増加したことから、S-KOマウスでは脂肪燃焼が亢進し、脂肪蓄積が抑制され、エネルギー代謝の亢進が示された。2. BATのDNAマイクロアレイ解析:脂肪燃焼に関わるBATの重量増加が観察されたことからDNAマイクロアレイ解析を行ったところ、脂肪細胞分化やβ酸化などの脂質代謝経路の活性化が観察された。脂質を基質とした基礎代謝量が上昇していることが示唆された。3. 視床・視床下部のマイクロアレイ解析:内在カンナビノイド経路、サーチュイン経路の活性化、コルチコトロピン放出ホルモン(CRH)の抑制化が示唆された。また、ミトコンドリアのNADH脱水素酵素やATP合成酵素の遺伝子発現上昇が観察され、S-KOマウスではエネルギー産生能が亢進することが裏付けられた。興味深いことにc-fos遺伝子の上昇も観察され、神経活動の活性化が示唆された。以上の結果から、S-KOマウスでは「食物を食べた」というフィードバック(シグナル)が視床・視床下部に到達しない状態にあることから、S-KOマウスは WTマウスと同等の摂取エネルギーが入っても感知されず、カテコラミン(S-KOマウスでは分泌量増加)による末梢組織(褐色脂肪組織、肝臓、白色脂肪組織、筋肉)での脂肪燃焼が増大し、エネルギー消費が亢進していることが推定された。
2: おおむね順調に進展している
S-KOマウスの体重減少やカテコラミン上昇等の表現型は中枢での代謝制御に起因することが予測されていたが、その分子メカニズムは未知であった。本研究における中枢(視床・視床下部)のDNAマイクロアレイ解析から、S-KOマウスでは摂食(食べた)シグナルの一部が中枢に伝わらない状態にあり、そのため中枢(視床・視床下部)から脂質代謝系のエネルギー消費を亢進する現象を明らかにした。現在までの進捗状況は下記の通りである。S-KOマウス視床・視床下部の遺伝子発現解析から明らかになった、サーチュイン経路の活性化とコルチコトロピン放出ホルモン(CRH)の抑制化は興味深い。サーチュイン経路は饑餓で活性化されるが、S-KOマウスでは饑餓シグナルが慢性的に活性化されており、「食べた」というフィードバック機構が視床・視床下部に伝わらないと推定される。また、HPA軸を介するストレスシグナルは高脂肪食の満腹状態で活性化される。HPA軸に連動するCRH系の抑制化が起こっているS-KOマウスでは、上記フィードバックが欠如していることが示唆された。これらの代謝制御系の変動は、S-KOマウスにおけるエネルギー産生能の亢進を裏付けるものである。褐色脂肪組織のDNAマイクロアレイ解析から、S-KOマウスは脂肪細胞分化やβ酸化などの脂質代謝経路の亢進が見られ、エネルギー消費量の増大が明らかになった。上記の結果からS-KOマウスは WTマウスと同等の摂取エネルギーが入っても、中枢は飢餓状態と判断し、カテコラミン(S-KOマウスでは分泌量増加)による末梢組織(褐色脂肪組織、肝臓、白色脂肪組織、筋肉)での脂肪燃焼が増大し、エネルギー消費が亢進したと考えられた。
これまで視床下部のDNAマイクロアレイ解析において、c-fos発現の上昇を見いだした。視床下部はエネルギー代謝に関わることから、その神経活動を明らかにするため、 視床、視床下部におけるc-fosを用いた活性化部位の予備的解析を行った。HFDを与えた自由飲水自由摂食条件でWTマウス、S-KOマウスを実験に用いたところ、特にS-KOマウスの視床下部室傍核にc-fosシグナルの強い活性化を観察した。通常食を与えた場合もHFDを与えた時とほぼ同様の結果が得られた。また、WTマウスにおいて摂食条件によってS-KOマウスと同様の活性化が見られるかを検証するために、12h絶食直後のマウスと12h絶食後に2h再摂食させたマウスを実験に用いたところ、S-KOマウスレベルの活性化は観察されなかった。しかし、摂食によって活性化が高くなった。口腔(味細胞)や消化管(刷子細胞)からのシグナル消失が脳において視床下部室傍核を活性化することを見いだした。視床下部室傍核において産生されるCRHの活性化は、HPA axis系によるカテコールアミン放出を誘導することが知られており、S-KOマウスの尿中カテコールアミン量の恒常的上昇が裏付けられた。今後、HFDを与えたS-KOマウスおよびWTマウスの摂食あるいは絶食後の視床・視床下部の質量イメージングを行い、代謝産物の解析を行う予定である。これにより、味細胞・刷子細胞からの摂食シグナルの実体を解析する。
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