研究課題/領域番号 |
17H02018
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
中井 泉 東京理科大学, 理学部第一部応用化学科, 教授 (90155648)
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研究分担者 |
木島 隆康 東京藝術大学, 大学院美術研究科, 教授 (10345340)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 絵画の分析 / ポータブルX線回折計 / 放射光X線分析 / X線吸収端差分イメージング / 分析装置開発 |
研究実績の概要 |
美術館で所蔵されている絵画は、年月とともに保存修復が必要となる。絵具は一種の化学薬品であり、常に反応・変質・劣化しており、絵画修復において、特に絵具の成分分析は欠かせない要素となっている。本研究は理系の先端技術を社会的関心の高い、芸術作品の保存修復に応用する点が研究の特色である。本研究では国際水準の絵画分析のための先端的X線分析装置・放射光複合X線分析技術を開発し、保存修復の専門家と協力して実際の絵画を分析し、用いられている絵具を解明することをめざした。 蛍光X線イメージングでは、微少なX線ビームを試料に照射し発生する蛍光X線を検出して画像化することで、絵画の絵具と対応する元素画像が得られ、ブルカー(株)から分析装置が製品化され、広く用いられている。微少ビームによる元素マッピングを用いる方法は絵画のような大面積試料の分析には時間がかかって不向きである。SPring-8の放射光を使うと、ビーム幅約160 mm×高さ6 mmの大型単色X線の利用が可能で、X線吸収端差分法をつかい、分析元素の吸収端の前後100eVのエネルギーで試料を透過したX線強度を測定し、差をとると元素の濃度に比例する画像がえられる。各元素ごとに画像化でき、10cm四方を5分程度で画像化できる。この方法を使うと、塗りつぶされた絵の復元が可能である。この方法で化学状態の違いも、吸収端のケミカルシフトを利用すると画像化が可能であることを実証できた。マチスの絵の背景をCo-K吸収端とPb-L3吸収端でイメージングをおこなうと、表の絵具層とは異なるモチーフが背景層に存在することが判明し、マティスの新たな芸術的試みを初めて化学的に解明できた。本研究では他の多くの絵画作品もポータブル装置で分析し、絵画・壁画の分析手法のスタンダードを構築することをめざした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の一番の課題は、世界的な絵画作品を放射光施設に持ち込んで、分析を行うことであったが、岡山の大原美術館のご理解、ご協力をえてついに昨年の12月に実現し解決できたことである。研究対象となった作品はアンリ・マティス作「マティス嬢の肖像」1918年制作. 72.9×53.9 cm(大原美術館蔵)である。作品は数十億円の価値があるので、取扱は極めて慎重に行わなければならず、輸送も日通の美術品の輸送専用のトラックをもちいた。放射光のX線は強いというイメージが一般のひとにあるため、絵画の放射線損傷が懸念されるが、本研究では2結晶モノクロメータにより、単色化されたX線を使うので、フラックスとしては低く問題がないことを、現代画をもちいた予備実験もおこなって、検証した。 今年度も、貴重な作品をポータブル分析装置で研究する機会にめぐまれた。東京芸術大学の卒業制作として、熊谷守一(1880-1977)と 青木繁(1882-1911)の自画像の油彩画2作品を分析することができた。特に、我々が開発した、ポータブル粉末回折計の評価を行うことができたのは順調であった。 今後の研究を加速する要因として分担者の東京芸大木島研究室にポータブルラマン分光分析システム i-Ramanを、本研究費で導入できたことである。絵の具の分析に、ラマン分光システムは不可欠の装置であるが、これまで芸大にはなかったことから、本年度芸大に設置し、測定法を伝授できたことから、ルーチン的に活用されることであろう。
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今後の研究の推進方策 |
絵画の分析において、我々の研究は「ポータブル分析装置の開発」と「絵画分析への放射光の導入研究」の2つが、パイオニア的研究として位置づけることができる。ポータブル装置として開発に成功したものは、微小部蛍光X線分析装置、ガラスの軽元素の分析を得意とする蛍光X線分析装置、大型資料用蛍光X線分析装置である。粉末X線回折計は、3台作成したことによりすでに開発目標を達成しており、メーカーによる市販化が期待される。この他、紫外可視蛍光分光分析装置の開発にも成功している。今年度が最終年度になるが、これらの装置はすでに応用のステージとなっており、この1年で一通り完成を見ることができるであろう。放射光の絵画への応用では、今年度の目標は、ピカソの作品を持ち込んで分析することで、大原美術館の協力が不可欠である。
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