研究実績の概要 |
本研究は理系の先端分析技術を社会的関心の高い,芸術作品の保存修復に応用する点が特色である。本研究では初年度に国際水準の絵画分析のための先端的ポータブル粉末X線回折計を開発し,オスロ美術館でムンクの「叫び」を開発した装置で分析するなど多くの成果を得た。次年度は,本邦初となった放射光の絵画分析への応用を試み,保存修復の専門家と協力して実際の絵画・壁画の分析に有用な放射光分析技術の開発をめざして研究を進めた。東京藝術大学所蔵の油彩画と,大原美術館所蔵のアンリ・マティス(1869―1954)作の油彩画「マティス嬢の肖像」をSPring-8の中尺ビームラインのBL20B2に持ち込み,放射光X線吸収端差分法による元素・化学状態別イメージングを非破壊で行った。BL20B2は,大面積の単色 X線ビームが得られ,目的元素の吸収端前後の2つのエネルギーE1とE2のX線を照射し,透過X線の強度を2次元検出器で測定し,差分をとると吸収端の元素が有るところはX線が吸収され,その元素の濃度分布がわかる。本年度は実用性の高い分析法の確立をめざして,①測定条件の最適化,②新しい元素への適用,③化学状態別イメージングの検証,そして④実際の絵画への応用をめざした。検討の結果,①は理論的な吸収端エネルギーの前20eV,後50eVが測定エネルギーとして有効であった。②では,Ni,Se,Br,Sbの測定が可能であった。新しい試みである③の化学状態別イメージングは,金属と酸化物は明瞭に識別できたが,酸化物同士では難しかった。④では「マティス嬢の肖像」について,黒色に塗りつぶされた背景の下に元々は海景が描かれていた可能性が示された。また,現在描かれている人物像とは対応しない線描が見つかったほか,後世に行われた修復痕も発見され,本法の有用性が実証された。
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