潰瘍や癌がないにも関わらず胃痛や胸やけを訴える疾患を「機能性ディスペプシア(機能性消化不良)」と呼び,消化管運動障害がその原因と考えられている.しかしながら,健常な場合でさえも胃内部の食物流動を可視化できないため,この疾患のメカニズムは十分明らかになっていない.本研究の目的は,我々の計算力学解析とオークランド大学の電気生理学解析の統合的解析を生理学的条件から病理的な条件まで包括的に展開し,機能性ディスペプシアの病態メカニズムを解明することである.2019年度に,高解像度スローウェーブマッピングにより,高齢者などの胃体部においてスローウェーブの伝播速度が上昇する現象を見出した.2020年度は,胃のペースメーカー細胞であるカハールの介在細胞や被験者の年齢とこの現象の関係を検討した.胃の消化器疾患の患者の場合では,カハールの介在細胞の数とスローウェーブの伝播速度の間には負の相関がみられた.一方,年齢とスローウェーブの間には正の相関がみられた.また,この現象が胃の撹拌・排出機能に与える影響を調べるため,スローウェーブの伝播速度に基づいて胃壁の蠕動運動をモデル化し,これまでに開発してきた計算モデルを用いて数値流体力学解析を実施した.胃内容物の撹拌は主に,幽門近傍で生じる terminal antral contraction によって生じるため,胃体部における伝播速度の上昇が撹拌機能に与える影響は限定的であった.一方で,伝播速度の上昇によって十二指腸の排出速度は上昇した.これは幽門が開いている時間帯において蠕動運動の伝播距離が長くなることによるものである.
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