研究課題/領域番号 |
17H02092
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研究機関 | 川崎医科大学 |
研究代表者 |
橋本 謙 川崎医科大学, 医学部, 准教授 (80341080)
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研究分担者 |
毛利 聡 川崎医科大学, 医学部, 教授 (00294413)
氏原 嘉洋 名古屋工業大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (80610021)
花島 章 川崎医科大学, 医学部, 講師 (70572981)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 心筋細胞 / 分裂・再生 / 酸素環境 / Fam64a / APC/C |
研究実績の概要 |
我々は最近、哺乳類では胎生期の子宮内低酸素環境から出生後の肺呼吸開始による酸素濃度の増加が心筋分裂を停止させることを突き止め、この過程に関わる重要遺伝子としてFam64aを同定した。Fam64aは胎児心筋細胞の核に強く発現し、細胞周期を促進するが、出生後は発現が激減し、心筋分裂は停止する。また、胎生期の心筋分裂にはFam64aの十分な発現と細胞周期の特定時期におけるユビキチンリガーゼAPC/Cによる同分子の分解の両方が必須である、即ち、Fam64aの発現が細胞周期に合わせて周期的に増減することが重要であることも明らかにした。本年度は、Fam64aの発現が減少する出生後に心筋特異的に発現が増強する過剰発現マウス(昨年度に作製済み)を用い、統合的な表現型解析を行った。本マウスでは出生後もFam64a発現が維持され、期待通り新生児期、成体期での心筋分裂能の亢進が認められた(分裂マーカーの発現率増加、及び細胞周期促進遺伝子の発現増加)。しかし、加齢と共に心機能の悪化を来たし、心不全に移行した。遺伝子レベルでは、肥大マーカー(ANP)の発現増加、Caハンドリング蛋白の発現低下(L型Caチャネル、リアノジン受容体、筋小胞体Ca-ATPase)、甲状腺ホルモン受容体αの発現低下などが認められた。単離心筋細胞においては、収縮率の低下、及びCaトランジェントにおけるピーク振幅値の低下とピーク到達時間の遅延が認められ、Caハンドリング機構の障害が示唆された。組織レベルでは、サルコメア構造の崩壊が認められ、同時に、心筋細胞の核が巨大化し、いびつな形状に変化している像が一部で観察された。個体レベルでは、エコー解析において左室拡大と収縮率の顕著な低下を認めた。即ち、Fam64a過剰発現マウスでは、新生児期・成体期の心筋分裂能が亢進するにも関わらず、加齢と共に心機能悪化を来たすことが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
我々は分裂が盛んな胎生期心筋細胞の分裂制御メカニズムを解明し、これを成体心筋へ適用することで心臓再生医療の実現を目指す研究を進めている。本年度は当初の計画通り、Fam64aの心筋特異的過剰発現マウスについて、遺伝子・分子から個体レベルにわたる統合的な表現型解析を行った。その結果、期待通り新生児期・成体期での心筋分裂能の亢進を認めたものの、一方で加齢と共に心機能が悪化した。これは、Fam64aの発現が細胞周期に合わせて周期的に増減することが心筋分裂において重要であるという原則に照らせば想定内の結果である。即ち、APC/Cによる分解系を無視したFam64aの過剰発現による同分子の過度な蓄積による何らかの作用と考えられる。本マウスの心臓悪化機序を明らかにする為、次世代シーケンサーを用いた網羅的遺伝子解析を行った。その結果、概日リズムの制御下にある心筋刺激伝導系、特にカリウムチャネルの異常が示唆された。従って、来年度はそれら関連遺伝子の解析や心筋活動電位計測、心筋ペーシングによる心電図・不整脈計測、テレメトリー計測などを行い、Fam64aの過剰蓄積が何らかの機序で概日リズム制御下の心筋刺激伝導系異常をもたらす可能性を検討する予定である。その他の原因究明策については「今後の推進策」で述べる。また、当初の計画通り、自施設内でのFam64a心筋特異的KOマウスの作製も進めている。具体的には、ゲノム編集技術により、Fam64a遺伝子のエクソン3の上流、及びエクソン4の下流にloxP配列をノックインしたマウスを作製中である。これが完成すれば、心筋特異的Creマウス(Nkx2.5-Cre;胎生早期から活性がON)との交配により心筋特異的Fam64a KOマウスを得ることが出来る。本マウスでは、胎生期心筋の分裂能障害が想定され、Fam64aの機能を解析するのに理想的な動物モデルとなる。
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今後の研究の推進方策 |
Fam64aの過度な蓄積による心機能悪化を改善するため、同分子の分解系であるAPC/Cを同時に活性化することを検討する。具体的には、APC/Cの主要活性化因子であるCdc20とFam64aの心筋特異的ダブル過剰発現マウスを作製する。両遺伝子をα myosin heavy chainプロモーター(出生後に心筋特異的に活性がON)でドライブすることにより、本マウスではFam64a及びAPC/Cの内在発現・活性が低下する出生後に心筋特異的に過剰発現が開始される。即ち、胎生期心筋の細胞周期と同様の状況を成体期心筋で実現できるものと期待される。本マウスの表現型解析を詳細に行うと共に、心筋梗塞負荷(冠動脈前下行枝の閉塞)、及び心臓冷却傷害負荷(液体窒素プローブによる冷却傷害;技術確立済み)に対する本マウスの心筋分裂・再生能の向上(分裂マーカー、細胞周期遺伝子、分裂タイムラプス解析)、及び心機能の回復(心エコー、摘出心の圧-容積関係、Ca測光)を評価し、これを野生型マウス及びFam64a単独過剰発現マウスと比較する。これらの評価は心筋梗塞発症の急性期(24時間まで)から慢性期(3か月程度)までフォローし、改善効果を詳細に明らかにする。また、これらの遺伝子改変マウスの表現型解析時には単離心筋細胞を用いた解析が必須となるが、その際に外来遺伝子を導入する系として我々は大サイズの遺伝子を安定的に導入可能なバキュロウイルス実験系の確立を目指している。基本の実験系は既に確立・論文報告済みであるが、現在、ウイルスの濃縮により発現効率を大幅に向上できる系を検討中である。また、上述したように、概日リズム関連遺伝子の解析や心筋活動電位計測、心筋ペーシングによる心電図・不整脈計測、テレメトリー計測などを行い、Fam64aの過剰蓄積が概日リズム制御下の心筋刺激伝導系異常をもたらす可能性を検討する予定である。
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