研究実績の概要 |
心筋細胞は胎生期(出生前)にのみ分裂能を有する為、成体では心筋梗塞等で失われた心筋細胞を再生することは出来ず、治療戦略の開発が急務である。我々は最近、心筋分裂には低酸素環境が必須であることを突き止め、低酸素下の胎生期心筋の分裂を促進する遺伝子Fam64aを同定した。Fam64aの発現が減少する出生後に心筋特異的に発現が増強する過剰発現(TG)マウスを作製したところ、期待通り新生児期、成体期での心筋分裂能の亢進を認めたが、一方で加齢と共に心機能の悪化を来たした。このことは、成体心筋における強制的な細胞分裂の再活性化が心機能を悪化させ得ることを示しており、今後の再生戦略の構築において重要な問題を提起している。本年度は、TGマウスにおける心機能悪化機序を検討した。RNA-seq解析では、TGマウスにおいて最も変動したパスウェイとして意外にも概日リズムが同定された。実際、心筋において主要な時計遺伝子(Bmal1, Cry1, Per2, Npas2)の発現が変動していた。テレメトリー実験では、TGマウスにおいて昼夜の心拍変動リズムの異常、及び心拍低下が見られ、心室期外収縮が高頻度に認められた。また、不整脈の発生に密接に関与する心筋再分極過程を制御する多くのKチャネル遺伝子の発現が一様に低下し、更に、ギャップジャンクションの主要構成成分(コネクシン43)の発現も低下していた。最後に、マウス行動解析では、昼夜の行動パターンの異常が認められた。以上より、TGマウスでは過剰に発現・蓄積したFam64aが概日リズム制御を介して心筋の電気活動を障害し、心機能悪化をもたらしたことが示唆された。今後は、Fam64aの過度な蓄積を防止する為、Fam64aを分解に導くユビキチンリガーゼAPC/Cを同時に活性化することで、心機能悪化を伴わない真の心筋分裂再生の実現に向けた新たな戦略の構築を進めていきたい。
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