研究課題/領域番号 |
17H02124
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研究機関 | 日本体育大学 |
研究代表者 |
中里 浩一 日本体育大学, 保健医療学部, 教授 (00307993)
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研究分担者 |
越智 英輔 法政大学, 生命科学部, 准教授 (90468778)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 伸張性収縮 / 筋痛 / 筋力低下 / 神経 |
研究実績の概要 |
本申請の目的は伸張性収縮後の筋力低下、筋痛を動物とヒトを対象として神経科学的アプローチで明らかにすることである。動物に関してはラット腓腹筋を対象として麻酔下に皮膚直上より経皮的に電気刺激を行うと同時に足関節を強制背屈させる腓腹筋伸張性収縮モデルを用い、坐骨神経を評価対象としている。 動物モデルに関して、申請書に記載の通りエバンスブルー染色を用い伸張性収縮後の神経損傷部位の同定を試みた。エバンスブルーは損傷発生部を染色する方法である。その結果、伸張性収縮直後から1日後にかけてエバンスブルー陽性部位が座骨神経内遠位部(すなわち腓腹筋近傍)に観察された。腓腹筋伸張性収縮2日後から日数が進むにつれてエバンスブルー陽性部位は近位部(すなわち脊髄側)に移行する「dying back」現象が観察された。さらにエバンスブルー陽性部位は神経特異的レクチン染色と共染された。以上から伸張性収縮における神経損傷は骨格筋の近傍あるいは神経筋接合部において発生することが示唆された。 近年、速筋線維の神経筋接合部において損傷が発生することで心筋型トロポニンTの発現が亢進することが報告された。我々はウエスタンブロッティング法を用いて伸張性収縮直後の骨格筋において心筋型トロポニンTの発現が亢進している可能性を見出した。この結果は伸張性収縮による神経損傷は神経筋接合部に端を発する可能性を強く示唆している。 ヒトにおける伸張性収縮モデルに関して、従来幅広く用いられている上腕二頭筋の伸張性収縮では、伸張性収縮を課した後の日常生活への負担が大きいことや支配神経である筋皮神経の機能評価が困難であることから新しいモデルの開発を大きなテーマとしている。平成29年度は申請書に記載の通り、短母指屈筋に伸張性収縮を行い、有意な筋痛発生を観察した。また正中神経において順行性および逆行性神経伝導速度が測定できることを確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
動物実験に関して、本年度は申請書に記載通り、伸張性収縮後の神経損傷の様子をエバンスブルー染色で解析することができた。さらに、本年度の成果によって神経筋接合部損傷時に発現が亢進する心筋型トロポニンが、伸張性収縮直後の骨格筋において亢進することから神経損傷は骨格筋内、神経筋接合部にて発生する可能性が強く示唆されており、伸張性収縮直後に発生した筋内神経の損傷が坐骨神経内を上行するというモデルが成立する。我々は同じ実験系を用いて伸張性収縮後の坐骨神経の伝導速度が伸張性収縮後7日後に有意に低下するとの観察を報告している(Lee et al. Muscle Nerve, 2013)。その論文の中ですでに神経損傷が上行性の進行を示すことで伸張性収縮後比較的時間が経過したところで坐骨神経内伝導速度の低下という機能変化が観察されるとする考察と一致することとなった。 動物実験に関して唯一実施できていないのが逆行性色素による脊髄細胞体の評価であるが、今回報告書には記載していないもののすでに共焦点顕微鏡による組織評価の方法は本施設で確立されており、来年度以降速やかに実施することでフルオロゴールドなどの逆行性試薬での運動神経、感覚神経の評価を行っていきたい。 ヒト試験に関して、すでに作成済みであったヒト短母指屈筋運動負荷試験装置を用い、短母指屈筋に対して伸張性収縮を施し、その後の筋痛発生の有無を評価することを第一の目標としていた。結果的に伸張性収縮2日後に有意な筋痛発生を確認でき、上腕二頭筋に代わる新しい運動誘発性筋痛モデルを確立することができる可能性が高まった。さらに多くの施設ですでに取り組まれている正中神経の伝導速度評価が本施設でも可能であることが確認できたため、平成29年度に取り組むべき課題はほぼすべて実施し、おおむね予想通りの結果を得ることができたといえる。
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今後の研究の推進方策 |
動物実験に関しては引き続き腓腹筋伸張性収縮モデルを用いて坐骨神経における損傷発生機序を解析していく。平成29年度において中心的に解析を進めた運動神経での実験を進展させるために以下の実験を行う。エバンスブルーにより定性的に確認された坐骨神経損傷に関して、蛍光プレートリーダーによって定量的に結果を確認する。同様に伸張性収縮直後をはじめとして経過時間ごとの神経筋接合部の構造観察を、共焦点顕微鏡を用いて行うことにより運動神経損傷発生の機序を明らかにしていく。加えて筋内に逆行性トレーサーであるフルオロゴールドを注入し、脊髄内における陽性の細胞体の確認を行う。これらの実験をまとめて論文化する。さらに本年度より感覚神経の解析を開始する。感覚神経を中心とした解析は既に導入済みであるRandall Selitto法による疼痛度評価を本格的に運用する。まず伸張性収縮後の疼痛度の変化を解析する。次に当初の予定に従って、腓腹筋に分枝する神経にフルオロゴールドを注入し、後根神経節における細胞体の染色態度を観察する。合わせて坐骨神経内における神経栄養因子の定量化を試みる。以上の実験はデュシャンヌ型筋ジストロフィーモデルラットでも実施することで、野生型ラットで得られた結果と同様の結果が得られるかを確認していく。 ヒトにおける実験は平成29年度引き続き短母指屈筋伸張性収縮によって疼痛の発生、運動神経伝導速度の評価を行っていくことで最終的に論文化を目指す。合わせて感覚神経の評価を行うために逆行性伝導速度測定法の確立を行うとともにH波の導出をも試みる。さらに多チャンネル筋電図を用いて筋内伝導速度変化の評価も試みていきたい。さらにこの実験を進める中で小指外転筋も有力な伸張性収縮モデルとして利用可能であることを見出した。当初の実験計画にはないものの、小指外転筋および支配神経である尺骨神経の評価も行っていきたい。
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