研究課題
本研究では、培養骨格筋細胞または単一筋線維をシリコーン製の基板上で培養し、収縮させた際に基板表面に生じるシワの数や深さを定量することで、筋細胞の張力を測定する系を構築することを目的としている。これまでにシリコーン製基板上で細胞を培養し収縮させるための基礎条件を設定し、それを定量するためのアルゴリズムの作製、ならびにそれを評価するためのモデル細胞での検証を行った。2019年度は、収縮によってシリコーン製基板上にできるシワがどの程度の細胞の力を反映しているかについて、ガラスニードルを用いた評価実験を行った。分化した骨格筋細胞を固定したのち、ガラスニードル(先端とたわみの関連性が既知)を細胞の側面から刺し、水平方向へ移動させることで細胞に力を加えシワを生じさせ、その時のニードルのたわみと、基盤上のシワの長さを計測した。細胞に加えた力の大きさは、ニードルのバネ定数(nN /um)とたわんだ長さ(um)の積によって算出した。基板上にできたシワの長さと力の関係をプロットしたところ、直線性の関係性が得られた。これにより1筋管細胞当たり約3 uNの力を発揮していることも明らかになった。さらに、これまで2ウェルチャンバーを用いて測定していた系を、24ウェルプレートで測定できる系にし、スループット性を改善した。24ウェルプレートの各ウェルの底面に穴を開け、円形のカバーガラスで作製したシリコーン基板をはめ込んだ。さらに自動撮影システムのために、骨格筋細胞を収縮させる電気刺激装置、基板に生じたシワを動画撮影するカメラ、および顕微鏡の電動ステージを統合した系を構築した。
2: おおむね順調に進展している
2019年度は、シワと力の関係性を数値的に評価した。本研究で作製した筋細胞の張力を評価する系では、筋肥大細胞モデルで生じるシワが増加し、筋萎縮モデルで生じるシワが減少する事が明らかになっており、収縮によって生じるシワの長さや本数と筋細胞が収縮する力には相関関係があると考えられた。そこで、2019年度はシワの長さと力の関係をガラスニードルを用いてより詳細に測定した。ガラスニードルは事前にたわみ(距離)と力を測定したものを用いた(465 nN /um)。シリコーン基板上に播種し分化させた筋細胞を固定した後、ガラスニードルを用いて基板上にシワができる程度の力を付加し、シワとガラスニードルの状態の画像を取得した。また、ガラスニードルを細胞からはなして、力が付加されていない状態のガラスニードルと細胞の状態の画像も取得した。ガラスニードルのたわみ距離から負荷した力を算出し、力とシワの関係をプロットすることで、力とシワの関係のグラフを得た。その結果、与えた力と生じるシワはほぼ直線の関係にあり、本研究で構築したシワから、細胞が発揮している力をある程度推定できることが明らかとなった。さらに、画面上の標準的な太さの筋管にできたシワから1本の筋管あたり約3 uNの力が発揮されていることが明らかとなった。続いて、本測定系のスループット性を持たせるため24ウェルプレートの系を立ち上げた。骨格筋細胞を収縮させる電気刺激装置、基板に生じたシワを動画撮影するカメラ、および顕微鏡の電動ステージを統合したシステムを開発した。また、1ウェルあたり1Hz, 10秒間の電気刺激とカメラの動画撮影が同時に行われるプログラムを作成した。これらにより、24ウェルすべての筋細胞の収縮およびシワを約30分で撮影できるようになった。
2020年度は、本系を使用して、筋萎縮を阻害する薬剤の評価を行う。候補となる薬剤は、筋萎縮を制御している重要な転写因子であるフォークヘッド型転写因子Forkhead box-containing protein, O1(FOXO1)の阻害剤である。この薬剤は、C2C12細胞で筋萎縮を予防する作用が報告されている。そこで、この薬剤投与がデキサメタゾンやガンカヘキシアによって誘導した筋細胞の萎縮を予防する効果があるかについて本研究で立ち上げたシワの系でForce indexを測定することで検証する。さらに、収縮力に影響を与える分子メカニズムとして骨格筋における非筋ミオシンの1つであるNon-muscle myosin IIc(NMIIc)の役割について検証する。骨格筋型ミオシンは収縮力に直接影響を与えるものとして、これまで多くの研究で注目されてきたが、非筋型ミオシンの骨格筋における役割は明らかではない。NMIIa, IIbは筋芽細胞の増殖や遊走などに重要であり、筋の分化とともに発現量が低下してくるが、NMIIcは分化した骨格筋細胞で特徴的に発現している。これまでNMIIc骨格筋における役割は明らかになっていないものの、我々の予備検証から老化や廃用性萎縮モデルマウスの骨格筋で発現量が増加していることが示されており、筋線維化や筋張力との関係も示唆される。そこで、様々なモデル系におけるNMIIcの発現動態を明らかにしたのちに、本研究で立ち上げた筋張力測定技術を用いてNMIIcが筋張力に与える影響を検証する。そのために、ゲノム編集技術をもちいてNMIIcを欠損させた細胞を作製する。また、NMIIcを過剰発現させた細胞を作製する。これらの細胞をシリコーン製基板上で分化させて、細胞の筋張力を測定し、NMIIcが筋の発揮張力に影響を及ぼすかを検証する。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件)
EMBO Rep
巻: 20 ページ: e47957
10.15252/embr.201947957
Biosci Biotechnol Biochem
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10.1080/09168451.2019.1625261