研究課題
情動とは喜び、悲しみ、怒り、恐怖、不安というような激しい感情の動きであり、これはある感覚情報に対する脳の反応で人間が生きていくうえで欠かすことができない脳の働きである。快・不快情動については、大脳基底核と前頭前皮質、扁桃体や海馬などの関連領域で形成される神経回路が重要な役割を果たしている。報酬や嫌悪刺激などは腹側被蓋野のドーパミン神経細胞の発火頻度を変え、側坐核に情報を伝える。側坐核に存在する神経細胞の大半は中型有棘神経細胞であり、ドーパミンD1受容体(D1R)またはドーパミンD2受容体(D2R)を発現する中型有棘神経細胞で占められている。これらの中型有棘神経細胞はそれぞれ特徴的な神経軸索の投射パターンを示すことから、側坐核は複数の神経入力を統合して適切な情動行動が実行できるように情報を出力するインテグレーターとして機能している。我々は、新たに開発したリン酸化プロテオミクス法により、マウスの側坐核で起こるリン酸化反応を網羅的に解析し、D1Rの下流でリン酸化されるタンパク質を100種類以上同定した。それらの情報を基に、情動行動制御に関わるシグナル伝達経路を絞り込み、ドーパミンがD1R-中型有棘神経細胞のPKA/Rap1/MAPKシグナルを介して快情動行動を生み出すことを明らかにした。平成29年度は、薬理学的刺激に伴うRasgrp2およびRap1gapのリン酸化を指標にPKA活性のプロファイリングを実施し、マウス側坐核を含む線条体の急性スライス標本で、A2AR作動薬を処置した際にリン酸化Rasgrp2およびリン酸化Rap1gapレベルが亢進することを示した。また、Rap1gapのリン酸化はD2R-中型有棘神経細胞で観察されることをin vivoで示した。平成30年度は側坐核D2R-中型有棘神経細胞特異的にPKAを発現させたマウスの作製とリン酸化解析を行った。
2: おおむね順調に進展している
側坐核D2R-中型有棘神経細胞特異的にPKAを発現させたマウスの作製は、D2Rプロモーターの下流でCreリコンビナーゼを発現するトランスジェニックマウス(D2R-Creマウス)の側坐核にCre依存的に野生型、恒常活性型PKA変異体およびドミナントネガティブ型PKA変異体を発現するアデノ随伴ウイルス(AAV)を注入した。この時に蛍光タンパク質も同時に発現させることにより遺伝子操作された細胞が識別できるようにした。これら野生型および恒常活性型PKAを側坐核のD2R-中型有棘神経細胞に遺伝子導入したマウスを用いて受動回避試験を実施し、PKAの活性に依存して不快情動行動が変化するかどうかを調べた。恒常活性型PKA変異体を発現させたマウスの受動回避行動は、蛍光タンパク質のみを発現させたマウスと比較して有意に増加した。逆に、ドミナントネガティブ型PKA変異体を発現させたマウスでは、受動回避行動が蛍光タンパク質のみを発現させたマウスに比べて有意に減弱した。さらに、PKA下流シグナルであるRap1およびMAPKを活性化させたマウスの受動回避行動は、蛍光タンパク質のみを発現させたマウスと比較して有意に増加し、Rap1およびMAPKを抑制したマウスでは有意に減弱した。これらの変異マウスでは運動量に有意な差は認められなかった。受動回避試験の訓練直後にPKAシグナルの動態をイムノブロッティング法でモニターした結果、訓練直後から側坐核におけるRap1gapおよびMAPKのリン酸化が亢進する傾向が観察された。したがって、細胞特異的なPKAシグナルの活性制御法を確立し、この方法を用いて情動行動を調べるという本年度の目標を達成することができた。
引き続き受動回避試験の訓練直後にPKAシグナルの動態をイムノブロッティング法でモニターすることにより、訓練直後から側坐核におけるRap1gapおよびMAPKのリン酸化がどのような時間推移を示し、D2R-中型有棘神経細胞で認められるのかを詳細に解析する。また、Rap1標的分子の探索と機能解析を行う。Rap1のエフェクターとしてRafおよびAF-6/afadinなどが報告されている(Caron J Cell Sci 2003; Stork Trends Biochem Sci 2003)。RafはMAP2K/MAPKを活性化してイオンチャネルの機能変化を伴う細胞の興奮性などに関与している。また、培養神経細胞において、Rap1とAF-6は神経突起(スパイン)の形態調節に関与している。本研究では、側坐核D2R-中型有棘神経細胞で特異的にRap1の活性を変化させたマウスを用いて興奮性やスパイン形態変化を解析する。同時にプロテオミクス解析によりRap1のエフェクターを網羅的に調べ、細胞機能との関連性から情動行動を制御するメカニズムを明らかにする。具体的には、野生型および恒常活性型Rap1を遺伝子導入した側坐核D2R-中型有棘神経細胞の発火頻度を電気生理学的に測定する。スパイン形態変化についてはエンケファリンのプロモーターの下流でCreを発現するAAVとCre依存的にEGFPと恒常活性型Rap1を発現するAAVを注入し樹状突起のスパインの密度、形態(Thin, Stubby, Mushroom)の分布を調べる。さらに、プロテオミクス解析については、GST-Rap1を発現するAAVを側坐核のD2R-中型有棘神経細胞特異的に導入することで、細胞種特異的なin vivoプロテオミクス法で行う。
すべて 2019 2018 その他
すべて 雑誌論文 (9件) (うち査読あり 9件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 2件、 招待講演 6件) 備考 (1件)
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