研究課題/領域番号 |
17H02313
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
竹本 幹夫 早稲田大学, 文学学術院, 名誉教授 (90138181)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 世阿弥 / 能本 / 謡本 / 謡曲 / 番外謡 / 版行謡本 / 本文系統論 / 校訂本文 |
研究実績の概要 |
本年の研究計画は年度末に予定していた出張を行えなくなった点を除き、おおむね順調に進展した。世阿弥時代の能本と異本関係にある室町期謡本を精査した。この作業を通じて、宝山寺現蔵の世阿弥時代の能本7種(「盛久」「多度津左衛門」「江口」「雲林院」「柏崎」「弱法師」「知章」)と観世文庫原蔵の能本4種(「難波梅」「松浦」〈阿古屋松」「布留」)に関して、相伝相手が明確な本(「江口」「柏崎」「知章」と観世文庫の4本)とそうではない本(宝山寺本の中で宛書きのない「盛久」「多度津左衛門」「雲林院」「弱法師」)とで、伝来のあり方に相違があるのではないかという見通しを持った。 さらにこのうち、他に伝本のない孤本である「多度津左衛門」には世阿弥息男の元能による書入れのあることが確実視され、同人の所持本が世阿弥佐渡配流時に金春家に預けられたものである可能性が強いことに想到した。 また、世阿弥最晩年期の永享四年に丹波猿楽矢田座が伏見宮邸において演じた能の中に含まれる〈弱法師〉(現存本は竹田権兵衛広貞臨模本。世阿弥の奥書はあるが宛書きナシ)は、室町末期には詞章に大きな変動が生じており、江戸前期に至り盛岡藩中において復曲以後、次第に現行曲化て現在に至る。この事実を踏まえ、本曲が室町中期から後期にかけてどのような伝来を経たのかを考察した。これと同じ伝来のあり方をしている〈葵上〉などとの比較も念頭に置く。 この他、金春大夫禅鳳、その孫の喜勝、また観世大夫宗節の奥書・書写にかかる謡本の調査を網羅的に行った。その過程で同一作品を複数回書写している例がいずれの大夫の場合も存在するが、それら同一曲異本の相互に詞章・節付の小異が甚だ多いという事実を確認した。そこで検討曲目をさらに増やし、この三人の謡本についてはより綿密な調査研究を進めつつある。 さらに、本年度成果物として多数の番外謡の翻刻・校訂を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
世阿弥時代の能本伝来のあり方について、考察の切り口となる発想を発見したことで、今後の研究が大きく進展することが期待される。宝山寺現蔵の世阿弥能本および久次本「知章」については、今後も考察を深める。とくに「弱法師」「多度津左衛門」の2本の性格の考察をさらに進める。伝来のあり方が〈弱法師〉相似の〈葵上〉については、金春禅鳳による永正二年四月粟田口勧進猿楽での上演が文献上の初出であり、この前後に金春座が近江猿楽系統の作品である〈葵上〉を所演曲化したものとする想定が通説となっているが、この検証を進めながら、能及び謡本の室町期における伝来のパターンを想定することを考えており、その他の世阿弥時代能本の系統研究と併行して進める準備を行った。 観世文庫所蔵の世阿弥自筆能本については、その多くが番外曲で孤本に近いものであることもあり、考察は来年度以降に持ち越した。ただし〈難波梅〉については、これまでの見通しを大きく変える可能性はないものと確信する。〈松浦〉〈阿古屋松〉〈布留〉については、世阿弥としてはそれなりの自信作であったかと考えているが、なぜこれらが廃曲化したかについて、考察する必要があり、これについては次年度の課題とする。 なお年度末近くには新型コロナウィルス感染予防の観点から予定していた出張が不可能となったため、出張成果は出せなかったものの、見込んでいた番外曲の翻刻作業は順調に進展した。 室町後期謡本における諸本異同のあり方について、観世宗節・金春禅鳳・金春喜勝の奥書謡本の性格については研究成果を論文としてまとめつつある。 以上、採択課題の考察については、論文化を準備しているものも含め、本年度の研究を通じて、従来の研究にはない新たな視点を獲得することが出来た。これは研究の可能性を大きく広げるものと言える。以上によりおおむね順調に進展していると自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
世阿弥時代の能本について、世阿弥からの正式な相伝を経て伝来した諸曲で、現代に至まで現行曲として中断なく上演され続けた作品について、禅竹伝来本は金春流謡本に、音阿弥伝来本は観世流謡本に、ほぼそのまま踏襲され、大きな変動なく現代に至ることを確定する。その他の曲の中、世阿弥の宛書きのない宝山寺現蔵本については、世阿弥の息男元能出家後、世阿弥の配流前後に女婿である金春禅竹に委託された本が、返却されずに金春家に留まった可能性について、これを実証する研究を進める。 上記の想定を支える傍証として、〈弱法師〉の伝来を再検し、また〈葵上〉が金春座所演曲となった経緯について、何らかの根拠となるべき事実の調査を行う。また〈多度津左衛門〉に元能の書入れが存在することにつき、その根拠を確定すべく研究を進める。音阿弥に相伝された〈松浦〉以下三曲が廃曲化した理由については、〈松浦〉については室町期には観世座で演じられていた可能性を想定し、〈阿古屋松〉〈布留〉については、音阿弥時代からほとんど演じられることがなかった可能性を考える。これらについて、その想定を裏付ける根拠を博捜する。 金春禅鳳・金春喜勝・観世宗節の奥書のある謡本の研究は、論文化する。 番外曲についてはさらに翻刻作業を進める。今年度分として結果的に33曲の作品を翻刻した。次年度分として50曲を超える数の翻刻を行い、室町期に成立した番外曲を中心とする作品の翻刻を完了させる。
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