本研究が対象とするのは、イギリス・ロマン主義期の詩人・画家・彫版画師ウィリアム・ブレイク(William Blake)の「彩飾詩」(Illuminated Poetry)とよばれる複合芸術の全作品である。研究目的は、彼の作品に頻出し、彼が人間関係のゴールとした「交じり合い」(comingling)の拠点となる「足」の意味を、18世紀の医学的ディスコースに関連づけながら、また同時代のゴシック文学/エロティック文学における「足」の描写と比較しながら、解明することであった。 ブレイクが詩文と絵画によって描き出した人間の足は、「男の足」と「女の足」では異なる意味と役割が付与されているため、ジェンダーの認識が不可欠になる。従来のブレイク研究では、そうしたジェンダー理解が欠如していたため、「男の足」だけが人間全体の足として考察されていた。デイヴィッド・アードマンやS・フォスター・デイモンたちの先行研究が解明したのは、すべて「男の足」であり、人と人が交わる理想的関係への第一歩を踏み出す人体部位であることが指摘されていた。その考察は。「男の足」に対する考察としては適切であるが、「女の足」の考察がすっぽりと抜け落ちていたため、ブレイクの人体表象の研究としては不完全なものに終わっていた。本研究は、この抜け落ちた「女の足」の解明を目指したのである。 「女の足」の意味と役割は、「男の足」のそれとは正反対であることが、明らかになった。「女の足」は男に向かって開かれると、セクシュアルな意味が介入し、男を魅惑して堕落させる道具になる。また、「女の足」は相手(男であれ女であれ)を踏みつけ、支配下に置くための道具になっていることも考察した。 本研究はこうした「女の足」の全貌を明らかにし、ブレイクの人体表象がどれほど独自のものであり、当時の医学的、ジェンダー的ディスコースから乖離したものであったかを検証した。
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