研究課題/領域番号 |
17H02319
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
野崎 歓 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (60218310)
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研究分担者 |
前之園 望 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 助教 (20784375)
中地 義和 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 準研究員 (50188942)
MARIANNE SIMON・O 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 准教授 (70447457)
塚本 昌則 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (90242081)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ロマン主義 / 作者 / 小説 / 詩 / 翻訳 / 作家主義 |
研究実績の概要 |
本研究の根幹をなすフランス・ロマン派文学と作者の概念に関しては、ネルヴァルが鍵を握る存在であることを改めて確認し、研究を深めることができた。その主著『火の娘たち』の翻訳作業をほぼ完成させ、詳細な解説・注の執筆を進捗させた。とりわけ、同書の冒頭に収められた二作品「アレクサンドル・デュマへ」および「アンジェリック」に関して、作者の「死」および「再生」を文学史における「輪廻転生」としてとらえるネルヴァルの言説に注目し、過去のテクストの蘇りの場としてのロマン主義的作品という視点を得ることができた。その点に関してはさらに、遺作『オーレリア』の読解をとおして、ネルヴァルにおける作家像の最終的な位相を探った。この論考は来年度、活字にする機会が得られるはずである。ネルヴァル研究と並行して、中世から現代まで、フランス文学における旅の主題を概観する書物『フランス文学と旅をめぐる60章』の編集にあたり、アベ・プレヴォー、シャトーブリアン、ジャン・コクトー、ジャン=フィリップ・トゥーサン、ミシェル・ウエルベックの章を担当。また沼野充義との共編著『ヨーロッパ文学の読み方―近代篇』においてルソー、バルザック、プルーストの章を担当した。これらの仕事はいずれも、「作者」の問題を大きなパースペクティヴのもとに置き直して考える貴重な機会となった。さらに、西洋的な作者像に対置すべく研究を続けてきた井伏鱒二をめぐる論考を『水の匂いがするようだ―井伏鱒二のほうへ』の表題で刊行し、多くの好意的な書評記事が寄せられた。過去のテクストの伝承、再現のメカニズムを通して立ち現れる井伏的な「作者」のあり方は、意外にもネルヴァルらのロマン主義文学と一脈通じる部分があることがわかり、今後さらに深めるべき課題を得た。また映画における作家主義に関しても、イェール大学教授ダドリー・アンドルーを迎えての講演会等で知見を広げることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は研究ネットワークの充実、および研究成果の公表において、大きな進展があった。前者に関しては、パリ第3大学のオーレリー・フォリア教授の講演会を東京大学文学部で開催した。フォリア教授の専門であるラマルチーヌに関する講演であったが、ラマルチーヌはフランス・ロマン主義の端緒を開いた重要な存在であるにもかかわらず、これまでわが国ではほとんど論じられる機会がなかった。この講演会はそうした空隙を埋めるものとなった。フォリア教授を招聘した立教大学文学部の菅谷憲興教授や白百合女子大学文学部の辻川慶子准教授、さらにはプルースト・セミナーを主催する立教大学文学部の坂本浩也教授と緊密な意見交換の機会を持てたことも意義あることだった。他方、研究成果の公表に関しては、研究代表者(野崎)は『水の匂いがするようだ――井伏鱒二のほうへ』、『フランス文学で旅する60章』、『ヨーロッパ文学の読み方――近代篇』の3冊の単著・編著を刊行。とりわけ井伏論は、直接ロマン主義と作者像の問題にかかわるものではないとはいえ、テクストの連鎖や作品の読み直し、書き直しをとおして明確になっていく存在として作者をとらえることで、本研究にとって重要な視座を切り拓くことができた。また研究分担者(塚本)は単著『目覚めたまま見る夢――20世紀フランス文学序説』を刊行した。これはヴァレリー、プルースト、ブルトン、サルトル、バルトに関して、彼らがいずれも「目が覚めたまま夢を見る」状態、すなわち夢うつつの意識の揺らぎのうちに自らの創造行為の出発点を見出そうとした事実を、作品の読解にもとづき明らかにした論考である。日常的な自我のあり方が壊れる瞬間こそが、「作者」誕生への第一歩となることを明らかにした点で、本研究にとって意義ぶかい成果である。以上、研究ネットワークの充実、および研究成果の公表の二点において、当初の計画以上に進展したものと考える。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに得られた成果をもとにして、今年度はとりわけ以下の三点をめぐり、研究を推し進めていく。まず第一に、ロマン派における「作者」像がつねに前提としている「天才(ジェニー)」の観念について、その生成の歴史的背景をたどり、それがロマン主義における作者観念に結びついていく道筋を明らかにしたい。イタリア・ルネサンスから啓蒙思想に至るまで、天才観念がどのように受け継がれつつ変容していったのかをたどりなおすことが重要な課題となる。それに関し、第二の論点である、芸術創造と「錯乱」「狂気」とのロマン主義における深いつながりを正面から考察することが必要となるだろう。一般市民と乖離した天才は、ある種の精神的な特異さによってしるしづけられ、狂気との親和性が卓越した創造性を裏打ちする。ロマン派的な作家像が抱えるそうした逆説の源泉を掘り下げたい。その点をめぐっては近年、ジュネーヴ大学教授ジャン・リゴリの『錯乱を読む――精神医学、レトリックと19世紀フランス文学』(2001年)や、国立高等美術学校教授ジャン=フランソワ・シュヴリエの『ウィリアム・ブレイクからジグマール・ポルケに至る芸術的幻覚』(2012年)といった刺激的な大著が刊行されている。そうした著作の知見に学びつつ、作者を見舞う精神的な危機が創造的プロセスにとって必須の一段階と考えられるに至った理由を解き明かしたい。第三に、以上の問題をめぐる一次資料および先行研究の調査と読解を進めていく。同時に、ロマン派的芸術創造にとって刺激を与えたトポスとしてのドイツやイタリアを実地に訪ね、現地で文献・資料の収集にあたる。具体的には、ネルヴァルにとって重要な旅の目的地となったウィーンやナポリで調査を行い、『東方紀行』や『火の娘たち』でそれらが特別な土地として描かれた文化史的背景を探ってみたい。以上の三つの課題と取り組みながら研究を進捗させていく予定である。
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