研究課題/領域番号 |
17H02319
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研究機関 | 放送大学 |
研究代表者 |
野崎 歓 放送大学, 教養学部, 教授 (60218310)
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研究分担者 |
前之園 望 中央大学, 文学部, 准教授 (20784375)
中地 義和 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 名誉教授 (50188942)
MARIANNE SIMON・O 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 准教授 (70447457)
塚本 昌則 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (90242081)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ロマン主義 / フランス文学 / フランス小説 / フランス詩 / 翻訳 / 現代小説 / 作者の死 |
研究実績の概要 |
計5年間の研究期間中、4年目となる2020年度は、これまで蓄積してきた研究成果をもとに、フランスを始めとするヨーロッパ諸国に出張してさらなる資料収集を行い、研究者たちとの交流を深め、かつまたロマン主義の進展の舞台となった場所での調査を行って、研究内容を具体的に肉付けてしていく予定であった。だが新型コロナウィルスの世界的蔓延という予想外の状況により、その計画はまことに残念ながら実現することができなかった。しかし、研究そのものは着実に進展させて、さまざまな形で成果を示すことができた。ジェラール・ド・ネルヴァルに関しては『東方紀行』の読解を深め、シャトーブリアンら先行世代による旅行記との比較検討の上で、異教的な神秘と試練の場としての「ピラミッド」をめぐる複合的なパラドクスに焦点をしぼって、フランス語論文を執筆し、フランスの専門誌「Revue Nerval」に掲載された。現代作家ジャン=フィリップ・トゥーサンの、まさに「作者」の死と再生をめぐる最新短篇小説に注目し、翻訳・紹介の準備を進めている。同じく現代作家ミシェル・ウエルベックが、コロナ禍の危機に関して発言したエッセイ「少しばかり、より悪く――何人かの友への返信」の翻訳・解説を発表し、ロマン派的主題の21世紀における継承をそこに見出すことができた。分担研究者による研究も多くの成果を挙げているが、とりわけ詳細な注と解説により詩人の作品世界に新たな光を与えた『対訳ランボー詩集』(岩波文庫)、および現代作家ル・クレジオがモーリシャス島に自らのルーツを探った小説『アルマ』の邦訳刊行を特筆しておきたい。また、ロマン主義的作家像の20世紀における強力な継承者であるアンドレ・ブルトンをめぐって、2編のフランス語論文を発表している。さらには、作者の「死」を超える営みとしての翻訳をめぐる考察も継続し、2編の試論をフランス語で発表することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
フランスをはじめヨーロッパ諸国に出張し、資料収集および調査にあたるという当初の計画は、コロナ禍により残念ながら実現することができなかった。しかしながら、国内で可能な情報収集と分析、考察に努力を集中させることで、当初の目標と比べてさほど劣ることのない進捗をもたらすことができた。具体的には、18世紀以来、19世紀ロマン派の時代を経て、19世紀後半から20世紀のシュルレアリスム、さらには現代の詩や小説へと至る広いスパンにわたって、数々の文献資料・先行研究を収集し、分析することができた。とりわけ、ネルヴァル、ランボー、ヴァレリー、ブルトン、ル・クレジオらに関する研究および翻訳において満足すべき成果をあげることができた。またその内容を、分担研究者ともども、フランス語論文として発表し、国際的なアカデミアに向けて問うことができた。同時に、日本国内における日本語での成果の発表も、きわめて積極的かつ活発に行うことができた。専門的な雑誌での論文の掲載から、翻訳書の刊行、啓蒙書への寄稿、さらには文芸誌等への寄稿まで、その内容は多岐にわたっている。そしてまた、パンデミックという予想しなかった状況下において、ロマン派的芸術家像をめぐる研究が、現代にまで届く射程をもちうることを改めて確認することができたのは、今後の研究にとって意義のあることだった。社会および自己の危機に直面し、存在の基盤の崩壊を感じ取りながら、それをなお新たな創造の契機へと逆転させ、再生のための糧とすることは、ロマン派以降の文学創造において根幹をなす構えであり、前提でさえあった。21世紀の今日の作家たちは、そのことをふたたび、なまなましい形で経験し直しているのである。今年の異常事態が、そうした文学の根源的なあり方を、ル・クレジオからトゥーサン、ウエルベックに至る作家たちの例をとおして考察し直す機会となったことを特記しておく。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度にあたる2021年度、国内外の状況はいまだ予断を許さない。フランスを始めとする各国を訪れての資料調査および研究交流は、今年も困難であろう。そうした状況において、日本国内に留まっての研究を続行しつつ、Zoom等を用いての、国外の研究者や作家との共同作業の可能性を模索したい。具体的には、新著Les Connivences secretesによって、ディドロからシャトーブリアンまでを対象に、18世紀啓蒙主義とロマン主義を結ぶ視点を切り拓く試みを行ったジャン=クロード・ボネや、近年、古典から現代小説に至るまで縦横に論じているウィリアム・マルクスといった研究者、さらには、現代社会の危機と個人の不安を重ね合わせることで、新しい小説の可能性を探求しているジャン=フィリップ・トゥーサンや、自己のルーツを探ることで小説世界の刷新を実現しているル・クレジオといった作家たちへのインタビューを考えている。そしてまた、フランス・ロマン主義研究をあくまで根底に据えながら、それを閉じられた領域内で完結させるのではなく、さまざまな方向にむけて開いていくための努力も続けていきたい。20世紀における、ロマン主義に対する懐疑・否定の潮流の分析を深めていくのと同時に、翻訳やアダプテーションといった近接領域において、ロマン主義的な「作者」がどのような像を結んでいるのかを考察したい。もっとも力を注ぐべきは、「作者」と社会のあいだにいかなる関係が成立し、またその関係は歴史的にどのような変遷をたどっているのかを明らかにすることである。アントワーヌ・リルティによる「著名人」の出現と近代社会をめぐる研究を一つの模範例として参照しつつ、現代にまで至る「作者」像の存立のメカニズムを探り、今日求められる文学はどのような「作者」によって支えられるのかを明らかにしたい。研究成果はこれまでどおり、多様な形での刊行を考えている。
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