本研究は、大規模自然災害のような事前の想定が困難な危機の襲来に対して、地域社会がどのように対応してきたのかを、政治史、経済史、 社会史といった歴史学の様々な領域から分析し、現代日本の地域社会における「危機対応」の歴史的位相を明らかにすることを目的として、調査・研究を行ってきた。具体的には、かつて製鉄の町として名高く、東日本大震災の津波被災地にもなった岩手県釜石市を中心的なフィールドとし、歴史学の最大 の特性である総合性を活かしつつも、人類学や社会学、行政学といった他の人文社会科学諸分野の研究者とも連携しながら調査・研究を進めた。また調査手法としては、歴史学の伝統的な手法である文書調査とともに、オーラル・ヒストリーの手法をもちいて社会的記憶を記録するといった斬新な研究視角をも取り入れてきた。 本研究の成果取りまとめの年である本年度は、4月から7月にかけて、参加メンバー各自が、追加調査を行いつつ、成果報告の原稿を執筆し、7月末にそれを持ち寄った研究会を行って、成果取りまとめに向けた集中的議論を行った。その上で、10月末に最終原稿の締め切りを設定し、各自原稿執筆に励んだ。その結果、釜石地域の事例を通して、地域における時間軸が異なる多層的な危機の構造が検出され、さらにそれに対する地域社会の対応のあり方が歴史的に解明された。この研究成果は、東大社研・中村尚史・玄田有史編『地域の危機・釜石の対応: 多層化する構造』(東京大学出版会)という学術書として刊行される予定である(2020年6月)。 本研究は、こうした成果を国内外に広く発信すべく、まず2020年2月、釜石市で公開シンポジウムを開催し、100名を超える参加者を得ることができた。また同年3月にはロンドン大学SOASの記念講演で、研究代表者が本書のエッセンスを紹介し、日本の地域社会における危機対応の歴史的経験をグローバルに発信した。
|