研究実績の概要 |
初年度である本年度は, 第一の研究成果として, まず2カ国からなる開放経済ニューケインジアンモデルにおいて, トレンド・インフレの実質為替レートおよび名目為替レートに対する影響を理論的に考察した. 本稿のモデルでは, 金融政策は中央銀行の金利設定ルール(テイラールール)に従うが, 定常解における正のインフレ・ターゲットとインフレ・ターゲットの持続的な時変性を認めモデルを拡張した. このトレンド・インフレの存在により, 2カ国間のインフレ差の動学が既存のものよりか持続的になり, かつインフレ差は当該期の実質為替レートに対し不感応になることが理論的に示される. このインフレ差の実質為替レートの不感応性とテイラールールを通じ, カバー無しの金利平価式によって, 実質為替レートはランダムウォークに近い持続性を持ち, かつその変動性も経済ファンダメンタルと比較して極めて大きくなる. さらにトレンド・インフレショックが, 実証的に観察される実質為替レートのhump-shapedなインパルス反応関数を生成することが示される. この点, 本研究の理論研究は実質為替レート変動におけるトレンド・インフレの重要性を示唆し, 為替レート分析に大きな貢献をする可能性を秘めている. 本年度の第二の研究成果として, 1972年に実現した沖縄本土返還前後において沖縄・那覇市と本土県庁所在都市で実施された小売物価統計調査の個別商品銘柄の小売価格データを用いて, 通貨体制変化の実質為替レート調整に対する効果を, 適切な自然実験を構築することにより識別・推定を試みた. 本年度はデータの制約により食料品だけのデータに限定し分析を行ったが, その結果, ニクソンショック後の米ドル変動相場制下において, 沖縄と本土間で多くの財, 特にブランド財において一物一価からの著しい乖離を観察した. 一方日本円共通通貨制の個別商品別実質為替レートへの影響は無視できるほど小さかった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度, トレンドインフレの実質為替レート変動に与える影響に関する第一プロジェクトには大きな進捗が見られた. 特にトレンド・インフレショックが, 実証的に観察される実質為替レートのhump-shapedなインパルス反応関数を生成することを理論的に示し, その背後にある経済メカニズムが, 実質金利の特徴的かつ現実説明的な反応にあることを数値解を導出することにより理解することが出来た. この実証的に観察される実質為替レートの金融政策ショックに対するhump-shapedな反応の理論的解釈は, 実質為替レート研究の中心的な課題なので, 本年度のこの研究成果の意義は大きい. 本年度は23rd International Conference of the Society for Computational Economics (CEF 2017)などいくつか代表的な国際学会で研究成果の報告も行った. 次に沖縄返還に関連する実質為替レート調整における通貨体制の影響に関する第二プロジェクトも進捗が著しい. 本年度は戦後の沖縄経済史の歴史文献を読み込み, 戦後の沖縄の貴重な経験が研究目的に対し適切な自然実験環境を提供していることを論述した. また食料品データに限定されてはいるが, 一定の中間報告とも言うべき実証結果を得ることが出来た. 実際、研究成果は2017年度日本経済学会秋季大会にて特別報告され, 平成30年度日本経済学会の機関紙「現代経済学の潮流」に掲載が決定している. また本年度はより広範な小売商品に分析を拡張するため, 専門業者にデータの電子化を外注した. 一方当初予定していた「長期リスク」の動学的一般均衡分析を通じた為替レート分析のプロジェクトは時間的な制約もあり進捗が見られなかった. これは今後の課題である.
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今後の研究の推進方策 |
第一のプロジェクトに関しては, 平成30年度にカナダ経済学会, Econometric Society European Meeting, Ecomod2018などの国際学会でのさらなる報告が予定されているが, その後現在の研究成果をまとめ国際的な学術専門雑誌に投稿する. さらに本プロジェクトで提起された構造モデルのテータを用いた推定も今後の重要な研究方針であろう. 第二のプロジェクトに関しては, 現在1970年度ー1974年度に実施された小売物価統計調査個別銘柄の小売価格データを業者に外注することにより電子化している. このデータ解析が今後まず実施する研究方針である. またさらに関連したデータを用いて, ニュージーランドのMassey UniversityのMartin Berka教授と共同研究を行う予定である. この共同研究では, 実質為替レートの文献における重要な実証的パズルである消費差と実質為替レート間のBackus and Smith puzzleに沖縄返還前後のデータを用いて接近する.
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